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     「カメラ、机の上に置いといていい?」

      「うん、ありがとう。ごめんね?夕飯作れなくて。」

     家に着くとミリアリアは、ディアッカに彼のベッドの上へ座らされた。

    ミリアリアの右腕は、損傷自体は小さいものの、

    傷つけた血管は意外と太く、出血がひどかった。出来る限り安静だ。

      「いいって、腹減ってないし。それよりお前は?何か食べたいものとかない?」

    どんな状況でも、この男は相手を…ミリアリアを気遣ってやれる。

      「私もそんなに…。にしても困ったなぁ…これじゃあ暫く仕事にならないわ…」

    ディアッカが複雑そうにミリアリアの横に座る。

      「…ミリィ…、何で…あそこに…?」

      「え…?」

      「あっ、悪い…怒ってるとかじゃなくて、その…純粋に気になって…」

      「…そうね。気になるわよね…」

    ミリアリアは全てを話した。どの道ディアッカとは会っていただろうし、今回は当然彼にも

    聞く権利はある。

      「……そうだった…のか…」

      「ディアッカ…?」

      「…ごめんな…ありがとう…くそっ、なんて言ったらいいか…自分が情けねぇ…」

    今にも泣きそうな顔を見せるディアッカ。

      「誰にもこんな傷…つけさせたくなかったのに…」

    そんな風に言ったディアッカを見て、ミリアリアは胸が締め付けられているような気がした。

先ほど感じた切なさのワケに、…気づいてしまったのだ。

    ミリアリアはそんな自分の気持ちを押し殺すのに精一杯で、

とても優しく笑いかけることなど出来なかった。

    せめて動作で…。無意識にディアッカの手を握っていた。

      「…キスして…いい?」

    そう呟いたのはディアッカ。ミリアリアは逡巡し、こくんと小さく頷いた。  

    ディアッカが、ミリアリアを柔らかく抱きしめた。勿論傷に支障などもたらせぬように…。

    互いの距離を、ほんの少しだけ離し、そしてまた近づく。

    唇が触れるだけの小さいキス。

    大切な誰かが死んで、お互いが醜いところから始まった二人。

    殺されて、殺そうとした。

    護られて、護ろうとした。

    唇を離すと、ディアッカはまたいつもの顔に戻っていた。

      「布団買い忘れちまったな」

    軽く無邪気に笑う。

      「さすがに今日はソファで寝るよ。お前はちゃんと休めって…な?」

      「………うん…」

      「じゃ、おやすみ」

    そう言うとディアッカはそそくさと立ち上がり、部屋の入り口で照明を落としてドアを開けた。

     ─だめだ…今の状態じゃ俺、何するか分からねぇ…そうなったら最低だ

      「ディアッカ……」

      「…ミリィ?…!!…」

    ミリアリアに後ろから微かに呼び止められ、ディアッカは振り向くと、一気に自分の 

    心臓が高鳴るのが分かった。

    ミリアリアはディアッカの服の裾の端を掴み、今にも泣き出しそうに彼の方を見つめていたのだ。

      「ミリィ!?」

    ディアッカが上ずった声で言った。

      「い…嫌…そっ、その…一緒に…い…て…?」

    ディアッカははっとした。暗がりに読み取ったミリアリアの表情は、あの時のものだったのだ。

     ─初めてこいつと出会った時の顔…。

      トールを失った時の…あの顔。 

      「…ミリィ…」

      「ご…ごめん、でも…怖い…ディアッカがここにいるのは分かってるけど…」

    俺は死なないと、そう言えたらどんなに楽だろうか。現に今日、もしかするとディアッカはもう、

    この場にはいない人だったかもしれず、ミリアリアももう、二度と

    こうして会話を交わしてはいなかったかもしれなかった。

    命あるものにとって、生と死は隣り合わせであり、この二人はそれを、肌で感じている者なのだ。

    お互いが、お互いを失うのを、ひどく身近に恐ろしく感じた。

      「…ディアッカが死んじゃうかと思った…」

    ミリアリアの身体が微かに震えていた。

      「俺もお前が血を流して、目の前で倒れてた時は、頭ん中真っ白だった…」

   彼女の震えを宥めるように、ディアッカはミリアリアをそっと抱き寄せた。

    小刻みに震える彼女の肩を、背を、優しく撫でてやる。

    この時も、ディアッカには激しい衝動が走る。

このまま彼女といて、その衝動を抑えるなどという自信はない。

    たとえミリアリアの願いでも、彼女の為に、彼女を一人にするべきだと感じた。

    ただでさえ、こうして彼女に触れていることが、正しいのかどうかも分からないのに。 

      「ミリィ…」

      「ディアッカ…やっぱり私、わがままね…ごめん…困らせて」

    そう言いながらも、なおも変わらないその表情。

    突然ディアッカは、ミリアリアをもう一度ベッドに座らせ、その横に座ると、

    ミリアリアの顔に自分の顔を近づけた。

       「え…!?ディアッ…っ!!…ん…」

    急に今までされたこともないキスをされ、ミリアリアは困惑した。

      「…っはぁ…ディアッカ…!?」

      「ミリィ…、それでもお前は俺といる?ミリィが弱ってる時に…卑怯な俺と…。

       俺、ちゃんと言ったよな?ミリィが好きだって…。だったら俺を、キスだけでお前への想いを

       落ち着かせられるほど…紳士な人間だと思わない方がいい…だから…」

    本当はもっともっと大切にしたい。けれど今のディアッカに、そんな余裕などなく、

    今回ばかりは、ミリアリアに拒絶してほしいと願った。彼女を傷付ける前に…。

    しかしミリアリアは気づいてしまったのだ。

    ディアッカのことが、どうしようもなく愛しく思う自分に。

      「…それでも…」

    ミリアリアは、ふわりとディアッカにキスをする。

    震える指先はそのままで…。

    ディアッカの目は一瞬見開かれ、そしてすぐに苦しそうにミリアリアを押しのけた。

      「っミリィ…!!やめろ…」

      「嫌よ…!」

      「なっ…」

      「だって…っ」

    ディアッカの言葉を遮り、ミリアリアは言葉を続ける。

      「だって私…あんたのことが好きなのよ!!…地球で、ゆっくり考えて…

やっぱり私…あんたが好きで、ほんとはこっちに来る時、

もうあんたは私のこと好きじゃなくなってるかも…って不安で…」

    いつの間にか、ミリアリアの目じりには涙が溜まっている。

  「でも私、もしもあんたを失ったら…って考えると、怖くて、

気持ちを伝えられなかった…」

  「…ミリィ…」

ミリアリアの口からは、堰をきったように言葉があふれだす。

ディアッカは、自分の頭がだんだんとクリアになっていくのを自覚した。

今までのミリアリアの仕草、ミリアリアの本当の想い。

  「だけど…もう、駄目…。辛くなるかもしれないって…、分かってるのに…

あんたが死ぬかと思った時…見えない先への安らぎより、

確かなものの方が、もっとずっと欲しいって……そう思っちゃったんだから…!!」

  「ミリィ…」

ディアッカに嬉しさが込み上げてくる。

ミリアリアの目じりに溜まった涙を拭ってやり、

そしてもう片方の目じりにキスを落とし、そのまま今度は唇の触れるギリギリの所で止めた。

  「デ…ディアッカ…っ!?」

  「もう一度ミリィからキスして…?」

間近にあるディアッカの顔と、唇に触れる吐息と、真っ直ぐな目線に、

ミリアリアは逃れられない。

ミリアリアがほんの少し顎を上向けると、掠める程度に唇が触れた。

  「ミリアリア」

  「え…?んぅ…ヤ…はぁ…」

    離れようとしたその唇を、ディアッカが追いかける。

二人は何度もそれを繰り返した。

    甘く、深い、深いキス。




                                        

                                                 ちょっと長いですが中途半端だったので一気にここまで載せました。
                                                一応管理人基準では15禁です。どうなんでしょう…ヌルい、ですかね?(汗)
                                                                次は9頁目に飛びます。