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丘へ続く長い坂道を私は走る。

息が切れるのはきっと、この坂道が辛いから。

けれど何故私は駆けているのだろう?

あの人みたいに時間に余裕が無い訳ではないのに…。

もっとも、あの人ならばどこまでもマイペースに、決めた時間を無視するのだけれど。

もうすぐ長かった坂道も終わろうとした時、やっぱり丘の上の大きな木の下には既に人が立っていた。






 「済みませんハヤテ先生!!遅れました…っ」

肩で息をしながら、待たせてしまったことをまず謝った。

 「全然遅れてなんてないですよ。ただ私が早く来すぎただけなんですね」

優しく“大丈夫ですか?”と声を掛けてくれた。

ハヤテ先生はとても優しい。

こんなことを言っては失礼だろうけど、驚くほど暗闇が似合い、そして私には程遠い特別上忍ということも手伝ってか、

冷徹な一面を持つもの静かな人…というのが私の最初の印象だった。

カカシ先生とはまた別の優しさを持つ人だと思う。

こうして会うのは何度目かになるけど、私の修行の付き合いを放り出すこともなく、しかも絶対忙しいのに

ハヤテ先生はいつも私より先に待ち合わせの場所に来る。

 「ハヤテ先生の爪の垢をカカシ先生に煎じて飲ませてあげたいわっ」

 「………何故ですか?」

 「だってカカシ先生ったら、今日も任務の待ち合わせ時間に1時間半も遅刻したんですよ!?」

 「あの方の遅刻はもう普通のことですからね…」

修行の休憩中、大抵はハヤテ先生が小さく微笑みながら私の話を聞いている。

あまりハヤテ先生の方から会話を持ち出すこともないし、たまに沈黙が訪れることもあるけど、私はそれが苦にならなかった。

私達の修行は、昼はお互い任務があることが多いから、ほとんど夕方に行われる。

たまに休みが重なると、昼から夕方まで一緒にいる。

そしていつも帰りは暗いからと言って私を家まで送ってくれる。

本当に親切で、丁寧なこの人が近くにいることは、最近ではもう当たり前になりつつあった。







 「ところでサクラさん」

修行が終わり、いつもみたいにハヤテ先生と並んで帰路を歩いていると、珍しくハヤテ先生から話題が上がった。

 「何ですか?」

何を話すのだろうと、少しだけ楽しみにして答えた。

 「その…先生っていうのは…」

 「はい、先生がどうかしたんですか?」

 「サクラさんは私のことは何と呼んでいますか?」

 「…ハヤテ先生…?」

 「それです。ずっと気になってたんですが、初めて会った時は私のことはそう呼んでいなかったでしょう?」

何のことかと思えば…だって色々教えてもらっているんだから先生っていうのは当然じゃない。

 「そうですけど…でも“先生”は“先生”だから…」

 「…前の様には…呼んでくれませんか…?」

 「…え…?」

歩いていた足が止まって、隣にいるハヤテ先生と目が合った。

何故か心臓がドキドキして、意味もなく何かに期待しているような気がした。

顔が…熱い。

 「私は先生と呼ばれるほどの人間でもありませんし、それにサクラさんは仲の良い妹のようだと思っているので…」

 「……いもう…と…?」

 「はい」

……どうしちゃったんだろう…。すごく泣きそうなのは。

判らないけれど、さっきまでの気持ちが何かに踏みにじられたような衝撃。

でも今にでも走り出しそうなこの気持ちを、何とか抑えることが出来て良かった。

もしもハヤテ先生を放って走り出したら…きっと今度会うのが気まずくなっていたはずだから…。


 「それでも…やっぱり今更呼び方なんて変えられないし…修行を見てもらっていることに変わりはない、ですから…」


絞り出した声は、少し震えていた。

このワケの判らない感情を押し殺すのに精一杯で、私はずっと俯いていることしか出来なかった。

ハヤテ先生は今どんな顔をしてる…?

今の私にはその表情を読み取る勇気なんて………どこにも無い。









この後の沈黙は、とても長くて、初めてとても苦しかった。









 

サクラ視点です。自分が女なだけあって女の子視点は結構楽ですねー。
次の予定は…カカシ視点。カカシ先生出てくる…はず。
予定が現実になれば…ハヤテはお休み…なはず(苦笑)
この回のハヤテ視点も書きたいんですけど、ほら、流れが一緒だと
管理人以外の方には面白くないかなぁって思ったので。