*14*
「ねぇサクラ、…もしも……」
「はい?」
「いや、何でもないわ」
洞窟の入り口付近の木陰に座って部下を待っていたアタシは、
ふと何かの気配を感じて体勢を整える。
夜明けにはまだ程遠く、辺りは未だ暗闇に包まれたままだった。
「……?」
気配は洞窟の方からで、アタシはそっちに向けて目を凝らす。
うっすらと木の葉が舞っているのが見えた。
勿論風なんてものは吹いてなくて、その木の葉は明らかに不自然。
「!!」
舞い散る木の葉の向こう側にいたのは、数時間前にこの洞窟の中に入っていった少女だった。
「………サクラなの……?」
早すぎる帰りに僅かな不審を抱き、警戒する。
けれどもすぐに後から、闇から浮かび上がるようにして姿を現した少女を抱く人物を見て、驚いた。
「──ハヤテ…!?」
名を呼ばれたその人物はこっちに気付いて、もたもたと視線の先を少女からアタシに移した。
「…付き添いはあなたでしたか、みたらしさん」
なんでこいつがここにいるのか。
何かが起こりでもしたのだろうか。
全くの冷静でいる同僚の姿からは何も見出せず、
一人、こいつとアタシの間で視線をキョロキョロさせている部下も、何の情報源にもなってはいない。
たださっきから何度か鼻を掠める血生臭さが、唯一あまり良くない何かが起きたのだと証明していた。
全く…面倒なこと持ち込まないでよ。
「……何でハヤテが…こんな所にいるのよ…?」
少し怒気を含ませた声で言った。
「…私のことは報告書に書いてもらって構わないんですね…。罰なら受けます」
「「え…?」」
アタシと部下の声が重なった。
その二つの声に含まれる意は完全に異なっていて、
ハヤテのこのセリフに動揺していたのは、サクラ。
大きな目は更に大きく見開かれ、瞳が揺れていた。
アタシは軽くハヤテを睨みつけながら、わざと溜息を吐いた。
「処罰されるようなことを…したと思っていいのね?」
「!!アンコ上忍…っ罰なら私も受けます!!任務の失敗は私の責任ですっ…!」
「サクラは黙ってな」
「…っ!!!」
少し厳し目に言い放つと、サクラは俯き、その小さな手はハヤテの服の裾を強く握り締めていた。
「任務は失敗ではないんですね、みたらしさん。情報はきちんと入手しました。
…まあ…この洞窟内で生きている人間は、もういなくなってしまいましたが」
淡々と語られた内容にはおよその見当がついていたから、さほど驚きはしなかった。
一方で俯いていたサクラは顔をあげ、またしても驚きに目を丸くしてハヤテを見上げた。
まさか情報が入手されてるとは思っていなかったんだろう。
抜かりのない点ではハヤテも特別上忍なだけある。
「サクラ、問題なのは何故ハヤテがこんな所にいるのかってことよ」
「ごほっ………サクラさんの任務は諜報ですからね、相手を死なせたことにも問題はありますし。
そして何より、私は自分の個人的な感情でこの任務に介入しました」
「しかもハヤテはそこらの下忍なんかとは違う。特別上忍っていう肩書きがあるんだ、勝手な行動は許されない」
「……そんな……じゃあハヤテ先生は…どうなっちゃうんですか…?」
「さぁね。アタシが決めることじゃない」
ピシャリと言い放ってやった。
サクラはひどく不安気に、そして赤く腫らしていた目には新しく涙を滲ませていた。
下忍だからなのか、子供だからなのか、それとも他の理由からなのか。
どちらにしろ、アタシが数時間前まで接していた彼女とは全く別人のようだった。
ハヤテが彼女の頭を一撫ぜすると、こっちへ近づいて来て、
アタシの耳元で依頼されていた情報を告げた。
「…そう、判った…。ひとまずお疲れ様…とでも言っておくわ」
「………」
こいつってこんな奴だったかしら…。
ハヤテの表情は今から自分が罰せられるっていうのに、不思議と満足そうで、嬉しそうで、
こんなハヤテは初めてだった。
「“ハヤテ先生”…ね…」
アタシはまたしても溜息をこぼして言った。
あのハヤテがサクラの修行を見てるっていうのは知っていた。上忍間の話題にもよく上っていたから。
だからハヤテが先生呼ばわりされていることも、別段気にはならない。そんなことより…
何がムカつくって、どこか以前とは違う今のサクラもハヤテも、
アタシが大して嫌いじゃないってコト。
っていうか寧ろ……。
特にサクラに関して、何でアタシがこんなにも安心しなきゃなんないのよ。
この子自身の任務失敗を咎める気が一向に起きないのは、何でなのよ。
アタシには止める権利も勇気も無かったけれど。
それでも未だ小さなこの子が、この大きな任務を全うせずに済んだことが
一人の女として嬉しいのよ。
……ハヤテが来てくれて良かったと思う。
でもこんなの、こいつに借りが出来たみたいで
気に入らないじゃないの。
「ハヤテの処分はアタシが決めることじゃない」
「ええ…そうですね」
「………」
ハヤテは苦笑。
サクラは手と手を握り締めてずっと俯いたまんま。
なんつー顔してんのよ。
「でも、報告するかしないかはアタシが決めることよ」
数秒の沈黙の後、勢いよく二人同時にアタシを見た。
「……二人とも口開いてるわよ。何、聞こえなかったの?」
キョトンとしてるこいつらがおかしくて、いつもみたいに笑い飛ばしてやった。
やっぱり辛気臭いのなんて性に合わない。
「…え、いや、でも…そんなことしたらアンコ上忍は…?」
「知らないわよ。でも幸い今は誰が死んだっておかしくない状況なんだし、ハヤテのことなんてバレなきゃ問題ない。
っていうかぶっちゃけアタシが黙ってりゃバレないし」
「でも…もしも…それが里に知れちゃったら…」
「そしたら連帯責任よ。皆で罰を受ければいいわ、そうでしょ?」
アタシの言葉を聞いた時の、初めて見るサクラの笑顔。
ああ、やっぱりこっちの方がいい。
「有難うございます!!アンコ上忍!!」
「その代わり、ちゃんと強くなんないと承知しないからね?」
「はい…っ!!」
ハヤテはと言うと、半ば呆れをも含んだような微妙な顔をしている。
「ハヤテ」
「みたらしさん……あなたって人は…。でも、今回だけは…ありが」
「礼なんて要らないわよ」
いかにも不健康そうな声に明るく自分の声を被せた。
言われる筋合いも、こっちが言う気もさらさら無い。
「ハヤテ、今ので借りは返したからね」
「……私が何かしたんですか…?」
「うるさいっ、…何でもないわよ…っ」
そう吐き捨てて、アタシは二人に背を向ける。
「サクラ、帰るわよ」
「あ、はい!!!」
「それでは私は一応、別ルートから先に木の葉へ戻りましょう」
「は?あんたとは偶然任務先で会っただけ。アタシ達には関係ないわよ。勝手にすれば?」
コホっていう小さな咳と、フッっていう小さな笑い声をアタシは背中に受けて、あいつの気配は跡形もなく消えた。
ねぇハヤテ……
今のデッカイ貸しには、お釣りが返ってくるわよね。
アタシがニヤリとほくそ笑んだことを、あいつもこの子も知らない。
アンコ姐さん大好きです。イイ女に書きあげました。何か企んでらっしゃいますけどね(笑)。
けどこの頁、最後まで本編に入れるかどうか迷ったんです。
一部抜粋で最終話に入れてもいいかなぁ…って思って。
だって結構重要度も低い気がしますし、何よりここで今までの勢いが途絶えるじゃないですか。
でも結局私の思い入れが強かったので14話はこのお話にしました。
予定では次の15話で終わるつもりです。
なんだかんだで長くなっちゃいましたねー(苦笑)。もう少し、お付き合い下さい。
アフターエピソード兼最終話は糖度高めに書こうと思っていますので。