*15*最終話


大きな大きな空の下


出会った日の暗い色でもなく


切なく染まった赤い色でもなく


爽やかで


あなたの髪が一層美しく映える


とてもとても青い空





それなのに

……一体何故私は布団の中にいるのでしょう…?





 「ハヤテ先生、ちゃんと寝ていて下さい!!」

 「そうはいきません。…ごほっ、折角あなたが家に来て下さっているのに…けほっ」

喉を引っかく咳がいつもよりも多い。

 「そんなのこれから何度でも来てあげますよ!先生があんなに冷える洞窟で濡れたままの服なんて着るから…。

  びっくりしたんですからね、里に戻って来てすぐ先生に会ったら、目の前で盛大に倒れるんですもん」

…“何度でも”…って…それはそれで困るんですが……色々と。

そう思いつつも、どうやらあの時が原因で完全に風邪をこじらせてしまったらしい私は、ぼんやりする頭で彼女に抗議する。

 「そんなことより…ごほっ、どうしていつの間にか“先生”に変わってるんです?」

 「………」

サクラさんは真っ赤な顔と呆れた目を私に向ける。

そう、洞窟から出た後から、彼女は何故か私のことをまた以前と同じように“先生”と呼ぶのです。

最初はみたらしさんが一緒にいたからなのかとも思いましたが、それがどうもそうではないらしく…。

 「…そりゃあ…もう“先生”の方が慣れちゃってるし…今更恥ずかしくて……。

  それよりちょっと待っていて下さい。今おかゆ作ってますから…。ほら、ちゃんとお布団に入ってて下さいってば」

私の肩まで布団を引っ張り上げながらもじもじと答えるサクラさんは、やはり愛らしく、

熱がなければ今にでも腕の中に閉じ込めてしまいたいくらいですが、そうすることは出来ないので大人しく布団に包まることにして

私は彼女が台所に向かう姿を目で追いかけました。


 「はぁ…ごほっ」


熱の篭った溜息を思いきりついた。

それにしてもいつもならこんな風邪、ひとりで何とかしているし、その回数も決して少ないものではないので慣れているというのに……。

誰かにこうして看病をしてもらえるということが、一緒にいてもらえるということが、

こんなにも心地の良いものだったなんて……。


サクラさんだからなのかもしれませんね。


まるで夢のような光景です………本当に。


誰があの時予想していたというのでしょうか。

今の私を。


ほんの少しの誤差しかもたないほぼ平行の線は、長い長い距離を行く内に、次第にその誤差を膨大なものへと変えていく。


線の上を歩くのは私。

ほんの小さな誤差はあの気まぐれ。


だんだん離れていく最初の道に戸惑いながら、それでも私はその誤差を修正せずに真っ直ぐ歩き続けた。

気まぐれは興味に、興味は愛情に。

その先にあったのは一人の少女をどうしようもなく想う今の私。


全ての可能性は最初、とても近いところで、そしてすぐ隣同士に並んでいるのに、

その違いなんて互いに大したものではなかったはずなのに、


もたらす結果は計り知れなく大きな違いを生み出す。


そんなことに今更私は気付きました。


彼女と出会ったあの森のように、真っ暗な道筋へ差し込んだ一筋の光。

別に暗闇から抜け出したかったわけではなかったけれど、

なんとなく私は足を光へと向けた。

そこに起こったのは小さな奇跡。


ああ…、光はなんとあたたかいものなのでしょう。



私の心もあなたの心も愛おしい。




得てしまえば失うことはひどく恐いけれど





この幸せの前には恐怖なんて些細な存在でしかなく、






生きているのだと







生きることはこういうことなのだと思いました。





























 「………せ。…て…せん…せ…。……ハヤテ…さん…」



何だか…心地よい音が耳に触れますね…。

聞き入ってしまいたい衝動に駆られながらも、そっと目を開けると、一瞬視界を染めるのは翡翠の色。

ゆらゆらと焦点が定まっていき、サクラさんが私の顔を覗き込んでいるのが判りました。

 「………眠ってしまっていましたか…」

 「はい。とても気持ちよさそうに寝てたから、そのままにしておこうかとも思ったんだけど、

  結構長い間眠ってたし、お薬は飲んでおいた方がいいと思って…。…ごめんなさい…」

 「いえ、おはようございます」

…珍しいこともあるもんですね。私は普段から眠りが浅い方なので、こんなにぐっすり眠ったのは久し振りです。

…サクラさんがいたからだと…思ってもいいのでしょうかね。

 「おかゆ、まだありますか…?」

 「あ、ありますけど…食べますか?」

 「はい。でも後ででいいです」

 「…え?」

そう言って、自分のすぐそばにあった手に触れる。

 「今、名前で呼んで下さってましたね」

 「!!あっあの、それは……えと…。わ、判りました、じゃあ食事は後で…」

触れられた手から慌てて目を逸らし、頬を染めた彼女は答えました。

自分の頬が緩んでるのがはっきりと自覚出来ましたが、あえてそのまま放っておきました。

そのまま手を引き、サクラさんの身体を寄せて、少し人より広めにのぞく彼女の額に唇を近づける。











バンッ!!


 「ハッヤテー!!お見舞いに来たわよーーー!!」

 「ようハヤテー、元気かぁ?」


あと少しで触れようとしたところで、豪快な音を立てる玄関。…と、ほぼ同時に場違いな声の響く寝室。

声の持ち主達は、家の住人の意志などお構いなしにズカズカと家へ上がりこんで来ました。

 「あ…アンコ上忍!?それに…カカシ先生も!!!」

 「…………ごほっ」

 「あら、ハヤテったら思ったより元気そうじゃない」

 「おーサクラ、お前もいたのか。ハヤテに風邪移されてないか?」

 「…………………けほっ」

まっったく…この人達ときたら………確実に狙ってましたね。

先ほどまで何ともなかったのに、急に身体が重くなる。

 「やぁーねハヤテ、やっぱり顔色悪いわよ?」

 「ホントだ、ってまぁお前は元々顔色悪いけどなー。サクラ、ハヤテも何だか辛そうだし、

  俺達も移されたら困るから今日はもう帰ろうかー。家まで送ってってやるよ」

……って、誰のせいだと思ってるんですか!しかも満面の笑顔で言われても説得力ありませんよ!!

そもそもカカシ上忍、あなたはサクラさんを諦めたのではないのですか!?

明らかに不満だという目ではたけ上忍を睨みつけていると、彼はそこに含まれる意を読み取ったのか、


───サクラを諦めるなんて言った覚えはなーいよ♪───


彼はこれはまた最上級の笑顔でもって返して下さいました。

 「それよりハヤテ先生とカカシ先生ってば仲良かったのねー」

 「……ゴホッ……まぁ…多分」

嬉しそうに笑うサクラさんには正直なことなどとても言えず。

みたらしさんは横で必死で笑いをかみ殺していますし。

 「そうそう、すっごい仲良し!ハヤテは具合悪い時は一人になりたいんだよ。だからさ、そろそろおいとましようかサクラ」

 「は…!?っげほ…っ」

突然のセリフに驚く私をよそに、はたけ上忍は全くの嘘を言いながらサクラさんの手を掴もうとする。

 「!!ちょ…っはたけ上忍…!!?」

流石にそれはないだろうと非難の声を挙げかけた時…

 「…ヤ!!」

サクラさんがはたけ上忍の手を振り払いました。

 「サクラ?」

 「サクラさん?」

私は少々の期待を胸に彼女を見る。


 「まだハヤテ先生に綱手様のお薬渡していないんだから…!!」


 「ぶっっ!!あはははははっ!!!」


……みたらしさん、笑いすぎです。

この人はこの人で、多分私をからかいに来たのでしょうね……。

私は安心したような、落胆したような複雑な気持ちになる。

けれども彼女の小さな拒絶は、はたけ上忍には絶大な影響をもたらしたようで、彼は若干落ち込んでいるように見えました。


そうこうしている内に、サクラさんは台所から食事と薬を盆にのせて戻って来ます。

彼女に運ばれたそれらが布団の横に置かれ、

次の瞬間、サクラさんが纏う彼女独特の優しい香りが鼻腔をくすぐりました。


 「っ!!!」


 「……それじゃハヤテ先生、今日はもう帰ります。また明日様子見に来ますね」


彼女はそう言って、足早に部屋を出ますが

彼女の後ろ姿の、揺れる髪の隙間から見え隠れする耳や頬は

私と同じくらいに赤く赤く染まっていました。


何やら玄関の方から、部屋で私と同じく呆然としている上忍二人を呼ぶ彼女の声が聞こえて来ます。

その声にはっとした彼らは慌てて玄関に向かい、部屋を出る間際に私に一言二言何か言った気がしましたが、

私はそれどころではありませんでした。



私はしばらくの間彼女の出て行った部屋の扉をじっと見つめていました。


身体は微動だにすることはなく、ただただ速まる鼓動は風邪よりもクルシくて、


彼女が口付けた場所は熱よりもアツかった。














奇跡は起きました



そう



出会いはただ私の気まぐれによる奇跡







*END*

お…終わった…!!終わりましたよ…!!皆様お疲れ様でした!!
長かったー。長いこと続いた下らない妄想にやっと終止符が打たれました(嫌な表現だな)。
ハヤサクって…マイナーもいいとこなのに、しかも長編(爆)。欲望に忠実な管理人です。

最後サクラがハヤテにキスした場所は皆さんのご想像にお任せ…します(逃)。

実はまだ夏休みの宿題終わっていなかったり(死)。どうやら現実逃避の時ほど小説書くのは進むようです(苦笑)。
この小説書くことを決めてから、早半年。他サイト様で萌えを補給することもあまりなく(マイナーだからね)、
気が向いた時にしか手をつけなかったんですが、それでも私の中では結構速いペースで書いてる方で、
やっぱりハヤサク好きなんだなぁ…とこっそり自覚しました(笑)。
本当はずっと更新しなかった11話以降ですが、11話更新時には既に13話くらいまで書けてたんです。
でも話の内容上、下手するとどの話でも一段落つきそうだったので、苦渋の選択で12話をアップはしたものの、
どうしても13話〜最終話までは一気にアップしたかったので、楽しみにして下さっている方には本当に申し訳ないと思いつつ、
ずっと小説の更新止めていました。
当初10話くらいで終わるつもりだったこの話も、何だかずるずると結局15話も続きました。
自分の文章力の無さに毎回泣きそうになりました。
タイトルを勢いで適当に付けすぎて、最後になる程色々後悔してました(滝汗)。まずハヤテの一人称“僕”じゃないし(苦笑)。

書き出したら切りがない程、懺悔も言い訳もありますが、でもね、こんなのでも意外と読んで下さってる方が多くて、
拍手とかすっごい嬉しかったです。
こうして無事に(?)最終話を迎えることが出来ましたのも、読んで下さった皆様、特に感想や拍手で元気を下さった皆様のおかげです。
ここまでお付き合い下さって、本当に有難うございました。
これからも無い文章力振り絞って、頑張っていきたいと思います。

<2006,08,23>




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