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めまいがする。
動かぬはずのこの身体にざわざわと震えが走る。
「な…っ?」
頭の中で引っかかっていた何かが一瞬で崩れ去り、途端にそこはクリアになっていく。
そのあまりに急激な変化に僕の頭は完全について行けずに、思わずだらしなく口を開くと共に間の抜けた声が出た。
「ねぇソロモン、あなたどうして生きているのかしら…?」
そんなの、もう決まっている。
身体中を駆け巡る血が僕を包む。
ボロボロと崩れ掛けた中途半端な身体を繋いだ動かぬこの新しい身体と、光を失った左目。
シフの身体を繋ぐことで、脳さえあれば生命の維持がわずかな時間ながらも可能であることを、
その身をもって証明して見せたジェイムズと、そのことを研究したアンシェル兄さん。
そして最後に残る鮮明な記憶。それはアンシェル兄さんに貫き斬りつけられた痛み。きっと血の侵食を切り離すための痛み。
でも、決してそれだけではない何か。
ああ、知っている。感じる。分かる。
彼女の温もりを。呼吸を。───血を。
なんて不思議な感覚。
「そう、か…あの夜…、小夜は…」
目の前の世界が揺れ、こめかみに温かい何かが伝う。
「ええ、そうよ。既に彼女は…」
のどが苦しくて、とても声になどならなかった。
───女王ではなく、一人の母だったのですね──。
そうして僕は徐々にまた深く深く沈んでゆく。
「だから小夜の血を受けても尚、あなたは動けたし、あれほどまで全身に血が巡りながらも、こうして今生き延びることが出来ている。
あの時アンシェルが不思議がっていたわね、そう言えば。あの男からすれば単なる研究でしかなかったのかもしれないけれど…。
女王の血はね、ゆっくりと、でも確実に胎内の子どもに引き継がれて、自身の血の効力は徐々に薄まってゆくの。
そして小夜の薄まった血でも、あなたと違って大量にその血を受けたディーヴァには……
子を産みおとし血の効力を完全に失ってしまったディーヴァにとっては…十分毒だったのね。
ねぇソロモン…あら…?ソロモン?」
まるで耳を塞いでいるかのように、音は届かない。
バタンという部屋のドアが閉まったらしい音と同時に、完全に僕の世界は遮断された。
…トクン
…トクン
──ソロモン──
声が聞こえた。
決して忘れることのないその声で、僕は呼ばれた。
再びあなたの泣き顔が頭に浮かび上がる。それのなんと鮮明なことだろう。
何年経とうとも、僕の心に刻まれたあなたの一つ一つを忘れることなんて出来ない。
例えば、あなたはあの夜もそうやって…僕の腕の中で何度も涙を流しましたね。
けれども僕にはまだ、知らないことばかりで。
あの時も、今も、その涙の理由を僕は知らない。
彼女の笑顔さえも僕はまだ知らない。
それでも、もしも彼女がまだ泣いているのだとしたら、僕はこんな所で寝ているわけにはいかないのです。
何故なら…それは僕と彼女を繋ぐ遠い約束。短い言の葉を、僕は彼女の手の甲に誓った。
…ドクン
行かなければ。
…ドクン
心臓の音が頭の中で鳴り響く。
…ドクン…ッ
“血”が───身体中を駆け巡る音がした。
「小夜…」
恐る恐る右手の手の平を天井へかざす。そのまま左手も同じように持ち上げた。
僕の両手がまるで何かを必死に掴もうとしているみたいに、僕の目には映った。
「涙を流したのなんて…何十年振りでしょうね…」
小さく笑って、乾いた目尻とこめかみにそっと触れてみる。そしてゆっくりと、大きな深呼吸を一つ。
「小夜、待っていて下さい。今、行きますから…」
暮れかけた橙の光が、窓からこの部屋と僕に降り注いでいた。
誰が何と言おうともうすぐ最終回な感じがすごく漂ってますね!!(爽)
何か…最後のソロモンもうすぐ死ぬみたいになってますが…(汗)。
しかしこう…なんていうかこの辺すごく書くのに時間かかった上に大して文字数もないし、比喩表現多いし、
何より絡みなくて全然面白くないですねー…申し訳ないです。
っていうかネイサンがすごく物知りな存在に…。まぁ…ネイサンだから(笑)。
因みにこの辺りはあれです、5話のカイとハジの会話の辺りと同じ時期感覚です。
ここの時期のズレが管理人スランプの大き原因なんですけどね、結局ストーリーにはあまり組み入れないことにしました。
誰も気にしないだろうし(投ーげやりぃー)。