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「小夜はちゃんと生きているわ。そしてアナタが一番感じているはずよ。
アナタが今ここにこうして生きている理由と、小夜の眠りを。たとえ“身体”は違っていても、その本能で…ね。ソロモン」
ドクン…
「……え?」
三十年前に自分自身でさえ死んだと思っていたその男は、今でも一見しただけではほとんど変わらない。
ソロモンと呼ばれた彼のただ唯一異なる二色の瞳が、わずかに震えた。
そんな様子など気にも留めずに、ネイサンはいつもの演技じみた動作で言葉を続ける。
「あぁ…、“身体が違う”っていうのはねー、ジェイムズの身体の失敗した実験結果を元にあの男…
アンシェルがあなたの命を繋げたから」
ニヤリとネイサンは口の端を非対称に持ち上げた。
その目に映るのは、今のセリフに動揺一つ見せないソロモンの姿。
「そんなことは…どうでも、いい。判っているでしょう?ワザとらしい遠回りを楽しむのは…あなたの悪い癖ですよ」
ソロモンはアンシェルの最後の一撃を覚えていた。そして目覚めて身体が思い通りに動かなかったことからも、
シフ達とジェイムズの身体の実験結果が何かしら応用されたのだということくらい、ネイサンの最初の言葉でおおよそ予想はついていた。
製薬会社のCEOをしていた彼にとっては想像に難くないことだ。
そんなことは判っているのだ。けれどもそれだけでは納得のいかない不可解な点がある。
何よりもネイサンの触れた“小夜”という単語がそれを証明していた。この男が、一体何を知っているというのだろうか。
ソロモンにとって、そのことが今は何よりも重要なことだった。
ソロモンは半ば睨みつけるようにしてネイサンを見た。
「あら、バレちゃった…」
ふざけたように彼は溜息を吐きながら、肩を一度上下させる。
もどかしい言葉の遣り取りに、ソロモンは少しずつ苛立ちを募らせる。
「少なくとも三十年前は、温厚だったあなたがそんな目をするなんて…。やっぱり一部とはいえ身体が違うと性格も変わるのかしら。
それとも……小夜が気になって焦っているのかしら…?」
…ドクン…
全てを見透かしたような目が、ソロモンを捕らえる。
そんなネイサンの視線から逃れるように、ソロモンは極力落ち着きを取り繕って見せて言った。
「…因みに、移植された身体の一部が本体の人格に及ぼす影響については…完全には否定できません。とは言っても、基本的な
本体の人格が丸っきり変わってしまうことは…まずありませんよ」
「あら、流石ソロモン。物知りね。…で?」
そこに少しの感動さえも籠もっていない返事が返される。ネイサンは確実にこの状況を楽しんでいた。
「…それに…」
「それに?」
ネイサンが首を傾け楽しげに続きを促す。
ふとソロモンの脳裏に小夜の泣き顔がちらついた。
…ドクン
「それにもし、例え身体や性格が変わったとしても…想いは、小夜を愛するこの想いだけは、絶対に変わりません」
未だに僅かながら掠れているその声には、今までにないほどの力強さがあった。
ネイサンは予想外なソロモンの姿に一瞬目を丸くして、またすぐにいつものような笑みに戻した。
「いいわ、ソロモン。…教えてあげる」
ネイサンの瞳が何かを思い出すかのように、懐かしむかのように閉じられる。
その動きや彼の口を開く動作のひとつひとつが、ひどく緩慢にソロモンの目に映った。
「あなたも知っている通り、女王は自身と相反する血のシュヴァリエとのみ子を宿すことが出来る…」
ソロモンの脳裏に、己に血を分け与えた女王の姿が浮かぶ。
「自然って不思議よねぇー…」
「………?」
元々あまりまともなことを言うような男ではなかったが、これほどまでに彼の意図することが読めないことなどかつてあっただろうか。
ソロモンはただ怪訝な目をネイサンに向けるしかなかった。
ネイサンはうっとりしたように言葉を続ける。
「ねぇソロモン、あなた不思議に思わない?」
一体何がだというのだろうか。
「何故女王が小夜とディーヴァの二人だけなのか。永遠を生きるはずのアタシたちでありながら、
この世に存在する女王はいつも一世代だけ。先代も、先々代女王も存在していないし、またその彼女たちも同じ」
「……何が、言いたいのです…?」
ソロモンは自分の指先がやけに冷たく感じた。それなのに身体は焼けるように熱く、彼のこめかみにはうっすらと汗がにじむ。
ネイサンが薄く瞼を開いた。
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
「翼手の女王はねぇ…、子を身篭り、そして産みおとしたその瞬間……完全にその血の効力を失うのよ」
───ドクンッ
もう続き書かなくていいんじゃないですかー?(え)
だって皆さんそろそろ色んなことが読めたんじゃないでしょうか?ね!(“ね”じゃないから)
いや、うん、まぁ書きますけども…続き。
個人的にネイサンの口調を書くのが楽しくて楽しくて(笑)。いっぱい喋らせちゃいましたvv
ネイサンはもうすぐいなくなるので、しっかりネイサンとソロモンの遣り取りの続きを堪能しようと思います。
あ、次はソロモン視点で話が進みます。