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 (あなたの血で死ねるなら本望だとさえ思った。

  でも、あなた自身にこうして生かされた。ならば今度は、僕があなたを…あなたのその涙を拭いに行かなければ。)








高台に優しい風が吹いた。

さんさんと降り注ぐ太陽の光を長い間浴びた彼らに、ようやく訪れた肌を撫ぜるそれは、とても心地の良い秋の象徴であった。

青々と活気立てて茂っていた葉も、やっとのことでほんの少しだけ色づいてきた。

長く続く階段を上りながら、少し汗ばむ。それは暖かい沖縄の秋と、高まる緊張。

年老いて、そんなカイの呼吸は少し乱れていた。


 「カイー?今日は突然学校休めだなんてどうしたのー?」

 「お店も臨時休業しちゃったし、ねぇ、何かあるの?」

黙って、しかしやはりカイと同じく少し緊張したようにもとれる無表情で自分たちの数歩後ろを歩く、見知らぬような

見知ったような男を気にしつつも、母に似た歌うような声で双子がカイに訊ねた。

その男の大きなチェロケースを抱えながらも、カイとは違って息を切らしていないというのは流石というところである。

カイは大きな手を片方ずつ双子の頭に置いて、呼吸を整えるために唾を一つ飲んで言った。

 「お前たちの叔母さんがな、この墓に“眠って”いるんだよ」

最後の段に足をかけて、カイの目線の先にある中で小夜が眠っている白い壁へと、双子も視線を移した。

彼の心情を察しているのか、彼女たちの表情は少し硬い。

墓の隣には既にジュリアとデヴィットが並んで彼らの到着を待っていた。

 「聞いたぞカイ、何か思いついたらしいな」

デヴィットがカイたちの姿を視界に捉えるやいなや、挨拶もなしに言葉を投げ掛ける。

 「ああ、デヴィット…ジュリアさん、忙しいとこ悪いな…。他の奴らは…相変わらずか?」

 「ルルゥは来たがってたけれど、今日のこの天気じゃ無理だわ。ルイスが一緒にいる」

天気のいい日にルルゥが長時間の外出が出来ないことや、そんなルルゥの遊び相手は大抵ルイスであること。

そして足の悪いジョエルがこのような、特に階段の多い場所へはあまり出て来られないのはもはや暗黙の了解である。

 「ねぇカイ、私ここ…知ってる。昔カイと来た…宮城家のお墓でしょ?」

 「でもジュリア先生と…デヴィットさんがどうして…?」

やや取り残され気味だった双子が、不安気にカイの袖を引っ張る。

カイは隣り合っていた双子の身体を自身に向き合わせて、彼女たちの両手を握りながら少し屈んで視線を二人に合わせた。

もう一つ、唾を飲み下す。

 「今まで黙っていたが、ここはお前らにとってもすごく特別な場所なんだ」

カイは続けた。

 「まだ…まだ全部はお前らに話してやれないし、俺が話すべきじゃないこともある。けど覚えていて欲しい。

  お前らは皆に愛されて今ここにいるんだってことを…。それから…お前らは周りの人と自分たちが少し違っていることは

  知っているな。でもお前ら以外にも、お前らと同じように生きている奴もいるんだ。このハジと、お前らの叔母さん…小夜がそうだ」

年老いても変わらない美しく優しい微笑みを湛えて、今度はジュリアが言葉を繋ぐ。

 「私たちはいつかあなたたちを置いて死んでいってしまう。それはどうにも出来ないことだわ。

  けれど、あなたたちは二人だけじゃない。小夜とハジがきっと一緒だから。悲しいことも、苦しいこともたくさんあるかもしれない。

  でもこの二人がきっとあなたたちを色んなことから守ってくれるから…」

二度と小夜とディーヴァのような悲しい戦いを繰り返さないためにと、彼女は想いをその言葉の裏側にのせた。

ハジが墓の扉をゆっくりと開いて、双子に向き直る。

カイは困惑の表情を浮かべる彼女たちの背中をやんわりと押してやった。双子はおずおずと墓の中を覗き込む。

 「この中に…繭があるのが分かりますか?」

 「「…うん…」」

彼女たちの声が輪唱のように薄暗い墓の中に響き渡る。

 「信じられないかもしれませんが、この中にあなた方の叔母の、小夜が眠っています。…生きて…長い眠りについているのです。」

二人は目を丸くして互いの顔を見合わせた。

 「あなた方もいつかこうしてしばしの眠りにつきます。驚くのも無理はありません。今すぐには難しいかもしれないですが、

  ゆっくり…受け入れていけばいい。」

ハジの声はかつて小夜に向けられたもののようにとても優しく、ハジ自身がそのことに内心で驚いた。

彼も…歳を取ったのかもしれない。

 「カイが言ってた……叔母さんとの…約束のこと…?」

 「はい、それは…小夜の目覚め。ですが小夜は…まだ…」

突然双子が何かを思い出したかのように、繭に近寄りその手で触れた。

 「うん、覚えてる…」

 「…私たちも…ずっと昔に…約束した」

思いも寄らない双子の言動に小さく驚いた後、小さな墓の扉の入り口でハジは感慨深げに呟いた。

 「小夜、聞こえますか?あなたが守った彼女たちはちゃんと、愛されてここまで育ってきたのです。

  そして何より彼女たちは、あなたとの約束を覚えています。血の繋がり…なのかもしれませんね、小夜…。」

そうしてハジもまた、双子と並んでふわりと繭を撫ぜた。

けれどもその手はすぐに離れ、ハジは溜息を吐いた。

双子と対面しても尚、繭は…小夜は目覚める気配など欠片も見せず、相変わらずの冷たさを保ったままだったのである。

そのハジの様子を見たカイは下唇を噛み、デヴィットが苦虫を噛み潰したような顔をした。

 「カイ、ジュリア先生…!小夜叔母さんは…どうして目を覚まさないの?今年は約束の年なんでしょう?」

双子の内の一人が墓の外に出て来て、不安げな面持ちでジュリアに駆け寄る。小夜の形容しがたいその感覚は、

双子にも十分に理解できているようであった。

慌ててジュリアが聴診器や他に持って来ていた器具を準備し始めたその時…。




───!!!───




弾かれたようにハジが階段の方に向かって駆け出した。



































 歌が聞こえる。


 ディーヴァ…なの?


 ごめんねディーヴァ、私…私あなたを…


 それなのに


 あなたはずっと歌ってくれているの?


 ああ…ディーヴァ…何て、懐かしい…


 許して…許してくれるの…?私を…?


 あなたから  子どもたちから   あなたを   子どもたちを   家族を


 奪った私を。



































いくつか階段を駆け下りたハジの目つきが、自身を横切った時にとても鋭かったのにカイは気がついた。

 「おい…ハジ…!?どうしたんだ急に…!?」

先ほどまでのものとはまた違った緊張感が一気にその場に張り巡らされる。

何十年振りとは言えどもこういう時の彼らは慣れたもので、デヴィットは素早く構え、ジュリアは何事かとあたふたしている双子と共に、

デヴィットの後ろへ下がる。


 「…カイ…」


己の背中に掛けられたカイの言葉など気にも留めずに、ハジはカイを呼んだ。

カイはハジに呼ばれるがまま階段へ歩み寄り、その下に目を遣る。

そこにいた人物を見て、彼は驚いた。

 「ハジ…もしかして、あれ…」

 「この気配…まさかとは思いましたが……しかし何故…」

ハジも顔には出さないが、明らかに動揺していた。

長く続く階段を一段一段上り、次第に大きくなってゆくその姿にハジは殺気こそ出さなかったが、警戒を保つ。

向こうも、とうにハジたちの姿に気がついているようであった。

二人共無言で、しばらくその状態が続く。

そしてついに、その人物とハジのいる場所が並んだ。幅の狭い階段で、微かに互いの肩が触れ合う。

 「君も…相変わらずですね」

先に口を開いたのは向こうの方。


 「……ソロモン」


交わることのなかった二人の視線が、ここで初めてぶつかった。



風が、今度は人々の間を縫うようにして吹く。



目の前で繰り広げられる何とも言えないようなこの空気を、カイたちは黙って見守っていた。

 「殺気がないということは…ここを通して頂けるのだと…思っていいのですか?」

 「…何故…生きている?」

ふわりと、ソロモンが微笑む。

 「何故だと、思いますか?」

ソロモンの足が、一つ段を上る。

 「………」

 「…何か知っているのか」

黙ってソロモンの動きを見張っているハジに代わって、カイが階段の数段上からソロモンに訊ねた。

 「ああ…そうか。カイ、あなたも随分と歳を召された…」

昔と変わらぬ瞳を見て、ソロモンは言った。

 「悪いが今はこの30年を懐かしがっている余裕はないんだ。小夜が…」

 「目覚めないのでしょう?」

 「!!!」

もう一段、ソロモンは階段を上りながら、カイの言葉を途中で奪った。

そして周囲が驚いている隙に、さほど残っていなかった階段を全て上りきってしまっていた。

 「何故…お前がそれを?」

高台に姿を見せたソロモンに驚きつつも、墓の隣にいたデヴィットが怪訝な眼差しを彼に向ける。

 「どんなに遠く離れていても、僕はあの夜から小夜のシュヴァリエとして生きようと決めました。

  けれど僕は…それ以上の存在として小夜に生かされたのです」

デヴィットの視線など意にも介さず、ソロモンはただ口元にいつもの微笑みをのせて小夜の眠る場所へと向かう。

 「どうするんだ?ハジ…」

高台まで上がってきたハジに、デヴィットが問いかける。


 「…私は小夜の血を与えられた小夜のシュヴァリエです。ならば彼はもしかしたら……」


それ以降、ハジは墓へ向かうソロモンの背をただ眺めて、口を閉ざしてしまった。








──小夜の心を与えられたシュヴァリエなのでしょう。










 

危ない危ない。またしてもソロモンって単語で終わる所でした、ふーー(汗)。
それを防いでいたらすっごい長くなっちゃいましたけども…(滝汗)。うん、そんなこともあるよきっと、うん(言い聞かせ)。
もうね、なんていうかこの小説、つくづくソロモンが謎の人扱いですよ。どんなけ伏せられてるんですか、彼(笑)。
本当は今回が最終回のはずだったんですけど、双子に気を配ってたら存外長くなっちゃいましたー…。
管理人が一番ビックリしてます(苦笑)。
ってか双子、名前無いから動かしにくいのなんのって…。でも勝手に名前考えるような冒険は管理人には出来ません(臆病者)。
そんなわけで次が最終回です。多分(おい)。
最後まで楽しんで頂ければ幸いです。