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『OMORO』の看板の下の小さな扉に、“閉店”のボードが掛けられてから随分と時間が経った。

時計の針は既に深夜二時を指し、店周辺はもうすっかり暗闇に染まりきって、夜空には輝く星が無数に散らばっている。

その闇の中で、OMOROの店内を照らしている明りだけが小さく窓から外に洩れていた。

しかしそこには決して活気に満ちた華やかな空気などはなく、

店内にはその店の店主である中年の男が一人椅子に腰掛けているだけで、その様子はどこか異様なもののように思えた。

カラカランと控えめに音を鳴らして店の扉が開いた。

 「…今日は遅かったな…。もうとっくに閉店しているぞ」

店の椅子に座っていたカイは自らの視線と共に、冗談めいた言葉を扉に向かって投げ掛ける。

 「彼女たちは…?」

入り口に立っている男は背中にしょった大きなチェロケースを床に下ろしながら、カイの軽い皮肉など気にも留めずに言った。

 「もう何時だと思っているんだ、ハジ。既に二人共眠っているさ。いつもお前が来る時はそうだろう?…まぁ、気になる気持ちも分かるけどな」

彼の言う彼女たちというのは、カイの元にいるディーヴァの双子の娘のことである。

 「………」

ハジは特に言葉を発することもなく、ただ黙ってカイが話すのを聞いている。彼が物静かな男であることは何十年も前から変わってはおらず、

カイも慣れているため別段気にはしていない。カイは気さくな笑みを浮かべて話を続けた。

 「で、今日はどうだった?あるんだろう?いつもよりも遅くなった理由が」

 「………」

 「…ハジ…?」

カイは上げていた口角を下げ、表情を曇らせた。

 「…今日でもう…小夜の眠り始めた日付から三ヶ月が経ちましたが、小夜は未だ…目覚める様子を見せていません…」

 「…っ」

カイはゆっくりと視線をハジから自分のつま先へと移し、深く長い溜息をついた。

 「………そう、か……。…いつも悪いな…」

 「いえ…」




三ヶ月前、カイは三十年振りにハジと再会した。

それは双子が学校へ行った後、カイが小夜の目覚めを迎えに行こうと店を休業にし、身支度をしていた朝だった。

店の扉をカイが開けると、そのすぐ横にハジが立っていたのだ。

それから高台の小夜が眠る墓まで沈黙が続いた。長い階段の最後の段にカイが足を踏み出した時、横を歩いていたハジが口を開いた。

その内容は前日の夜にハジが繭に触れて感じたことだった。

ハジの不安をカイは持ち前の前向きな思考でもって笑い飛ばし、ハジと同じく繭に触れてみた。

そしてカイは愕然とする。

その感覚は決して言葉では言い表せるものではない漠然としたものなのにも関わらず、カイは何故かそれを確信した。

小夜が目覚めたら連絡をすると決まっていた元『赤い盾』のメンバーであるジュリアにまず連絡を取り、急いで来て繭を調べてもらっても、

当然そんな不確かなものは調べようもなかった。

ただ唯一救いだったのは、かなりごく僅かではあるが、ちゃんと呼吸音も心音もしているという事実だけであった。

しかしそれも裏を返せば、その弱々しさは言い知れぬ不安への一因でもあると言える。

ひとまずハジが繭に何かあればそれをカイに伝えるということになり、それ以来彼は三日置きにカイの所へ

小夜の様子を伝えに訪れている。




店内に漂っていた気まずい空気をハジの声が振るわせた。

 「…カイ……、眠りは必ずしも三十年で覚めるとは限りません……」

そんなことなど、二人とも知っている。

 「…ああ…」

それでも、二人とも繭に触れた時のあの嫌な感じが手にも頭にもこびり付いて離れない。

カイはテーブルの上に腕を組み、そこへ額を付けて突っ伏した。

 「……小夜…、死んだりなんか…しないよな…」

 「………」

カイがぽつりと零したものは、あまりにも彼らしくないものだった。

ハジは何も言わなかった。

カイからも、ハジからも、互いの表情は読み取れない。それなのに、互いの不安や怖さが手に取るように分かる。

二人は時計の秒針が刻む規則的な音だけに包まれた。

飽きるほどに、嫌気がさすほどにその音を聞き、ようやく沈黙を破ったのはまたしてもハジだった。

 「小夜は…目覚めることを……望んではいないのかもしれません」

カイはピクリと肩を震わせ、ゆっくりと机に伏せていた顔を上げた。

 「どういう…ことだ?」

ハジは何かを思い出すように、目を閉じて話し始めた。

 「小夜が眠りにつく前、私には、全てが終わったら…小夜を殺すという約束がありました。けれど、結局小夜は生きた。

  でも小夜は、ずっと自分とディーヴァはこの世界に不要な生き物であると思っていました。もしもまだ、そのように考えているのだと

  したら…。もしくはディーヴァの娘たちに、彼女たちの母を奪ったことへの罪悪感を抱いているのだとしたら…」

カイの目が見開かれる。

 「……小夜は…」

 「家族を愛していました。だから…」

ハジは続けた。

 「あなたがリクを失ったように…双子は母を失った…」

カイはただ黙って胸元にぶら下がる赤い石を握り締めた。

 「あくまで、私の憶測でしかありません。ですが、今の小夜はまるで…目覚めることを拒むように…」

 「…死んだように眠っている」

 「………」

椅子から立ち上がり、カイは手を開きその中の石を見つめた。

 「とにかく、待っているだけじゃだめだ…!」

 「カイ…?」

カイの目は力強く真っ直ぐにハジを見る。

 「俺はあいつらの成長が止まってから、毎年行っていたあの墓にあいつらを連れて行かなくなった。

  勿論あいつらは自分の身体のことを少しは知っている。けど、俺は小夜とディーヴァのことはあいつらに話すべきじゃないと思っていた。

  だから今まであの墓で小夜に会わせることに何となく気が引けてた。

  確かにお前の言っていることはただの憶測かもしれない。でも、小夜の血を分け与えられたお前の言葉が今は一番信じられると思う。

  そこには悔しいけどシュヴァリエのお前にしか感じられないものがあるんじゃないかと、俺は思うんだ」

 「それで…どうするのです…?」

カイは店内にある娘たちの部屋へと続くドアに身体を向け、視線だけをちらりとハジに向けた。




 「小夜にあいつらを…ディーヴァの娘を会わせよう」




その瞳には、いつの日も変わらない彼らしい光が宿っていた。












 

え…マジで?(笑)
何でこんな展開になっているのか自分でも分かってないんですけど大丈夫なんですかね?(笑えない)
今回もソロモンいてない…。ソロ小夜小説なのにソロモン不在率が激しく高いです(爆)。
まぁそういう小説だからね!!(えー)
無事に最終話までいけるといいなー…(ちょっと待て)。