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どうしてあなたは私を愛しいと言うのだろう
どうしてあなたは私に温もりをくれるのだろう
どうして私はあなたを愛してしまったのだろう
どうしてこんな“血”があるのだろう
ディーヴァを倒すための存在としてあまりにも長い年月を生きてきてしまった小夜にとって、ソロモンの囁きは非情なくらいに甘美すぎた。
翼手を世界に放し、数え切れない程の犠牲と悲しみを生み出してしまったことへの責任が、小夜にはある。
全うしなければ、成し遂げなければならない。自らの血をもって。
彼女もまたそのことを自覚し、受け入れている。
だからこそ小夜にとってのソロモンの存在は、愛しくもあり悲しく、恐ろしくもあった。
武器ではなく女としての存在を、彼は小夜に求めたのだ。
それは今更としか言いようもないのに、乾ききったヒトとしての心に怖いくらいのスピードで浸透してゆく。
小夜は閉じていた目を開いた。
見慣れない部屋の天井をぼんやりと見つめながら、意識はゆっくりと記憶を遡る。
一人で眠るには少し大きめのベッドからとりあえずはと身体を起こすと、身体の上に掛けられていたシーツが素肌を滑り落ちた。
その感覚に小夜は自分の置かれている状況を完全に把握する。
落ちたシーツを慌てて胸元まで引っ張り上げ、暗い部屋で唯一小さく光が差していた窓から外を見ようとシーツを身体に巻きつけた。
そこに映っている立ち並んだビルの明りは、部屋の静けさをより一層際立たせているように思われた。
外を眺めて間もなく部屋の明りが点けられ、小夜の背中に声が掛かる。
「お目覚めですか。着替えがクローゼットの中に用意してあります。終わったら上のリビングへどうぞ」
そう言った人物は素っ裸の自分とは正反対に、しっかりとシャツにネクタイまで締めている。
「…私の服は?」
「済みません。汚れていたので処分させて頂きました」
その言葉に小夜はむっとするが、ソロモンは少しも反省などしていない様子ですぐに背を向けて行ってしまった。
小夜はシーツの裾を引きずって、部屋の隅に備え付けてあったクローゼットを開けた。
そこには白に淡いピンクが掛かった、ベトナムで小夜の着ていたものよりも少し大人っぽく、可愛らしくも上品なドレスがあった。
自分の着ていた機能性に優れた服なんかとは違う。女なら誰もが一度は着てみたいと思うドレス。そして愛しい男から贈られたドレス。
小夜は泣きそうになる。
夢のような現実と残酷な現実。
残酷な現実でしか生きられないと分かっていながら、一瞬でも違うものに縋ってしまった。
望めばいくらでも得られるだろうその甘く優しいものは自分なんかが触れてはならないものなのだと、小夜は分かっていた。
それでも、縋らずにはいられなかった。誘惑を振り払えなかった。
一夜限りの夢だと思えたならどんなに楽だっただろう。けれどそう思うことは、あってはならない。
きっと傷付けてしまう彼に、一夜限りの夢と片付けることほど酷い仕打ちなどない。夢なんかではなかったのだから。
なんて非道で、浅はかな女なんだろうと、小夜は自嘲めいた笑みを作った。
優しい彼ならば、小夜を傷付けまいと共に戦ってくれるのだろう。
小夜の思わせぶりだと言われても仕方のないこの馬鹿な行為を、笑って受け入れてくれるのだろう。
そんなこと、させられるわけがない。
愛しいからこそ、もうこれ以上悲しませたくはない。
とんだ矛盾だと小夜は思う。もう随分彼を傷付けてきて何を今更、と。
いっそこんな自分に怒り狂って、罵倒して、憎んで、殴ってくれた方がいい。優しい言葉などかけなくていい。
血にも心にも許されないことをしたのだから。
「ごめんなさい…ソロモン…」
一人呟き、小夜はドレスに腕を通した。
まだまだ30年前。
いやね、あの伝説の(まだ言うか)43話辺りの裏側とか捏造してみたわけですけれども、どうでしょう?
こういう経緯で結局小夜とソロモンはくっつかなかったと、勝手に妄想してます。
本編と少し違ってたり、何かと辻褄が合わないくても気にしなーい(出たー)。
とりあえず、キャラの心情を書くのは何かと疲れます(溜息)。でもまぁ、なんとか一つ目の山場は超えました。
次回からまた30年後に戻ってきます。