■キーワード6『無』
なにもない。からっぽの世界。・・・私の心。
真っ暗な宇宙を眺める。
誰もいない展望室で静かに眺めるのがここの所の日課だ。
星々が瞬く宇宙の中に、ぽっかりと穴があいたように真っ黒な部分がある。暗黒星雲と呼ばれる光を通さないガスが充満した空間だ。
自然と視線が其処に吸い込まれる。
何もない。
ただ、それだけのこと。
なのに酷く惹かれてしまう。
ぼんやりと見つめていると意識がすべて其処へと引き込まれ同化していく。
真っ暗で何もない。光も通さない。ただ一色の色に閉ざされた世界。私だけの世界。
それを眺めて浸るのが心地よくて、幾度も展望室へ足を運んでいた。
なのに・・・。
「よう、アナタ様」
まるで当然といわんばかりに悠然とミリアリアの横へ並ぶ。
「どうして何時もココに来るの?」
「それはこっちのセリフ。アナタ様こそ、どうしてココにいらっしゃるんですか?」
とても好意とはほど遠いセリフの応酬にミリアリアは苛立ちを感じる。
何も感じたくないのに、彼が側にいるだけで感情がささくれ立つ。
ディアッカはまるで山にこだまするやまびこのようだ。彼女がはく言葉をそのまま返してくる。拒否には拒否の、嫌味には嫌味の言葉を返す。ならば好意には好意で返すのか・・・。けれどもディアッカに対してそんな言葉はミリアリアの何処を探してもみつかりはしない。
何も考えたくない。
何も感じたくない。
ディアッカに対する感情は何時だってこの2つだ。
だから、もうこれ以上、関わりたくない。
そう願っているのにディアッカはそれを赦そうとしない。
「オマエが俺を拒絶して何も考えたくないのはわかってるんだよ」
「・・・そんなの、知らない。わからない」
あの真っ黒な空間のように何も無い、何も見えない。ディアッカの言葉なんて判らない。
「オマエの気持も、俺の気持ちも同じだろう。認めてしまえよ」
「認めるものなんてない。なにも感じないんだから。なにもないんだから」
からっぽにして、真っ黒に染めて、そして、無くなってしまえばいい。
最初から無ければ失うこともないんだから。
「なにも無いなんて思うなよ。オマエが熱心にみてる、あの真っ黒の暗黒星雲の向こうにでさえ星はあるんだ。いい加減、目を覚まして認めたら?」
真っ黒な心の闇を取り払われて、その先を暴かれてしまった時、その先に何も無いと云える自信はなかった。
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本人がどれ程認めたくなくても惹かれてる事実は変わらない。ちなみに『無』いのは認める勇気。
■キーワード7『光』
明るく、眩しく、そして全てを照らす。
屈託のない笑顔。
そんな言葉が浮かぶほど、無防備な笑みを見てから俺の中で何かが変わった。
ミリアリアは何時だって俺の前ではピリピリとして、神経の隅々まで気を張り巡らし、こわばるか不機嫌な貌をするか、そのどちらかしかない。
出会いが出会いだったからと思えば仕方がないとも思うが、この艦に乗り込んでから暫くは素っ気ない態度ではあっても、不機嫌ではなかった。素っ気なくても言葉も普通に交わし、冗談や軽口も交わせる間柄だった。
けれど、あの笑顔をみてから、おかしくなってしまった。
偶然だった。けれど必然だった。
俺の軽口に初めて笑みを浮かべて笑う姿に、それまで何処かで息を潜めていた飢えが吹き出して気がつけばミリアリアをこの手に抱きしめていた。
それ以来、彼女は俺に対して警戒感も露わだ。
仕方がない。
ミリアリアは死んだ彼氏のものだ。
諦めてしまえ。
何度も自分に言い聞かせたが、吹き出してしまった感情を無かったことにするのはできなかった。それに警戒しながらもミリアリアは俺の手を求めていた。怖いと云いながら俺から目をそらさなかった。拒否するその言葉に甘えが潜んでいた。
だったら素直に全て俺に預けてしまえばいいのに彼女はそれを善しとしない。
まるで罪だとでも云わんばかりに、全てを無かったことにしようとしていた。けれども、もう戻れないのだ。お互い無かったことになどできはしない。
彼女にすら俺の中に芽生えたこの感情を無かったことにするなどできないのだ。そうして暗い穴の底に逃げ込もうとするなら、引きずり出すまでだ。
逃げる彼女を掴まえて何もかもさらけ出してやる。
「何もかも暴き立てるなんて容赦がないのね。でも・・・アンタといるとあたたかいわ。まるで光のよう・・・」
そういって泣き笑いにも似た笑顔はとても眩しかった。
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単に彼女の笑顔がみたかっただけ。
■キーワード8『水』
乾きを癒し、潤いを与える。心にも体にも。
いつも不思議に思う。
ディアッカはミリアリアが欲しいと思うときに欲しい物を与えてくれる。
それは食べ物だったり、言葉だったり、暖かい手だったり。
ミリアリア自身が欲しいと自覚してないときでも、素早く察知して与えてくれる。
不思議に思って訊ねてみると、即、「愛だ」と返ってきた。
すぐさま殴って黙らせたけど、今度は反対に問い掛けられる。
「ミリアリアは花を育てる時、どうしてる?」
「水をあげて、お日様にあててあげるけど、それが何?」
「じゃぁ、その水をあげるタイミングは何で判断してる?」
「うーん・・・。土が乾いてるとか葉っぱとかみて、かな?」
水をあげすぎてもダメだし、種類によっては日を当てるとダメになる物もある。
だから、ちゃんとその花に合わせて水やりや日の当て方を考えなくてはならない。そう答えるとディアッカは良くできましたといわんばかりに頷いた。
「俺は、ミリアリアっていう花を育ててんの。だから愛情込めて世話してるとね、わかるんだよ。あ、コレが欲しいんだなって。だから愛なんだよ」
真顔で嬉しそうに云われてしまっては、怒鳴り返すことも誤魔化すこともできない。
そして私もきっと、嬉しくて恥ずかしくて顔が真っ赤になっているんだと思う。
だって頬が熱いもの。
ディアッカが嬉しそうにニヤけてるんだもの。
ひどい人。
こうやって、私を1人では生きられないようにしていくんだわ。でもそれがとても嬉しいなんてどうかしてる。
「だったら、もっと『水』、ちょうだい。・・・綺麗に咲くように」
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たまには素直に甘えてみるのもいいもんです。
■キーワード9『火』
何もかも焼き尽くす。
気がつくといつも彼女の姿を探してる。
もちろん、彼女のシフトは完璧に頭の中にあるから、今の時間、何処にいて何をしてるかも判っている。
だからこうして彼女の姿を求めて今の時間、いるであろう場所に来たわけだが、何故かいない。
何かあったのだろか。
そんな不安に襲われて、慌てて心当たりを探しだす。
まるで迷子のような気分だ。
知ってる場所、見慣れた場所、知ってるヤツ、仲の良いヤツ。
なのに知らない場所、知らないヤツばかりのように感じる。
かけられる声をおざなりに返し、彼女を捜す。と、思いがけない所で見つかった。機関部近くの通路。人の通りが少ない場所で、しかも、男と一緒だ。
男は艦の整備スタッフで、ディアッカのMS整備には関わっていないがマードックと話してる姿を度々見かけることがある。
ミリアリアは少し困ったような顔で、でも、優しい笑顔を男に向けると「ありがとう」と礼を述べた。
そっと、壁際によって気配を殺して耳をそばだてる。
「お気持ち、とても嬉しいです。でも、私は、誰の事も好きになりたくないんです。だから、お応えできません」
「いや、その、今すぐでなくて、いいんだ。俺も、生き残れるかどうか、判らないし」
「やめてください。・・・そんな言葉、辛すぎます」
「あ・・・。その、ゴメン。そんなつもりはなくて、」
気まずい空気が流れて男が言い訳のように言葉を続けようとしたところで、その場に俺は乱入した。
「つもりがなきゃ、云っていいのかよ?」
「! ディアッカ、あんた・・・」
「お、おまえ、エルスマン・・・」
酷く残酷な気分が俺を支配する。
気に入らない。
何もかもが気に入らない。
ミリアリアに告白するコイツも、それを誠実に受け止めて返事をする彼女にも。
「コイツの彼氏がこの艦を守ろうとして死んだのはアンタだって知ってるだろ? だったら簡単にいえる言葉じゃねぇよな」
「そ、それは・・・」
「そんな生半可な気持ちでコイツに告白なんかすんなよ」
「な、生半可なんかじゃ」
「生半可だよ。俺にしてみれば、アンタの気持ちなんてその程度のものでしかないんだよ」
そうだ。俺のこの気持ちに比べたら、オマエの覚悟なんてたわいもない。
「お、オマエはどうなんだ、エルスマン! 俺のこと、そんな風にいうならオマエはどうなんだ!? MS乗りだろが!」
図星なんだかどうだか。
男が真っ赤になって憤慨する姿が滑稽でせせら笑ってしまった。
「俺? 俺はもう、決めてる。この艦に乗ったときからコイツを守るために俺は俺の持てる全てを使って何が何でも生き抜いてこの艦に戻ってくるってね。だって、俺が死んだら誰がこの艦を守るんだよ?」
「そ、それはヤマトとか、フラガ少佐とか・・・」
「冗談。そんなの任せる気はないよ。俺はミリアリアを守りたいんだから他の野郎に任せたくもない」
これは俺に与えられた特権なんだよ。
笑って彼女を引き寄せて腕に閉じこめた。
ミリアリアは最初は呆然として俺のされるがまま腕の中に閉じこもっていたが、正気に戻ったのか暴れだした。けど、俺の方の力が強い。ミリアリアの力なんて撫でられるような部類でしかない。
男に見せつけるように更に引き込んで、その髪や耳に軽くキスを贈る。
横目で見やると今度は真っ青になった男は肩を落として去っていくところだった。
ふん。ざまぁみろ。
「バカっ! 何、勝手なこといってんのよ!?」
むにっと左頬を引っ張られて下を向くと真っ赤なゆでだこ状態のミリアリアがにらみつけていた。
「だって、ホントのことだろ。俺、あんなこと云うヤツ、嫌いだし? ミリアリアだってヤだっただろ?」
「そ、それは・・・。でも、あんなに酷く云わなくたって。そ、それより、アンタ、盗み聞きしてたわね! 失礼よ!!」
お。そっちに気がつくとは、さすがミリアリアさん。
このまま、あの男のことは忘れてくれるといいんだけどなー。多分、あっちは合わす顔がないから見える範囲に出てこないだろうし、ミリアリアさえ忘れたら問題は解決なんだけど、さて、どうすっかなー。
「ちょっと、ディアッカ、どうなのよ!?」
返事を返さない俺に焦れて、詰め寄ってくるミリアリアが嬉しい。
俺の言う言葉に反応して、表情をコロコロと変えて、本音をさらけ出してくれる。
みんなの前にみせる明るい作り笑顔なんかじゃない、俺の前にだけさらされる荒々しい感情。それが俺の特権なんだよ。だから、あんな判りもしない男なんかにむざむざ与えてたまるかよ。
「・・・オマエが悪いんだよ。いつもの場所にいないから探し回ってたら告白なんかされててさー」
「そ、そんなの私だって、そんなこと云われるなんて思ってもみなかったんだもん」
「俺が、どんだけ嫉妬したか、判るー? オマエが俺の気持ちを焚きつけたんだよ」
「そ、そんなの私のせいじゃないわ!」
「いいや、オマエのせいだね。俺以外の男に泣きそうな顔なんかみせるなよ」
「ち、ちょっと、何、いってんのよ?」
剣呑な声音を聞き取ったのか、語尾が震えていた。
ふん。逃がすかよ。
俺に何もかも囚われてしまったらいいんだ。そうして忘れてしまえ。
俺以外の男のことなんか忘れてしまえよ。
少なくともさっきの男の事は忘れてくれよ。
忘れられない男が既にいるんだ。だから、俺以降の男のことなんか忘れちまえ。今、ここにいる俺以外の男になんか目を向けるなよ。
何もかも焼き尽くしてしまう程、この身を焦がす思いをさせるんだ。
俺のささやかな願い事くらい、叶えてくれよ。
「オマエのせいだからな。この気持ちに火がついたの。だから、ミリアリアがどう思っていようと、俺はオマエを逃さない」
ぎゅっと強く抱きしめると腕の中のミリアリアは小さく1度身震いをして大人しくなった。
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人、それを「ストーカー」という。
■キーワード10『時』
常に、前に、進んでいく。
時が過ぎるごとにトールは思い出になっていく。
時が進むごとにディアッカの存在がどんどん大きくなっていく。
怖かった。
もう、思い出でしかトールに会えないのに、その思い出すらも日々の生活の中、消えていこうとする。
がむしゃらにディアッカを遠ざけることでトールを取り戻そうとした。ディアッカさえいなければトールのことを忘れられずにいられると思っていた。
そうすればディアッカに惹かれていくこの気持ちを止められると思った。
毎日飽きもせずトールの写真を眺めて、彼のことを思い出した。楽しかったこと、嬉しかったこと。トールに感じた胸の高鳴りを思いだそうとした。
なのに、ふとディアッカが脳裏を過ぎる。
毎日、ケンカばかりしている。
いつも彼が突っかかってくる。
私はいつもいつも怒ってばかりでいる。
思い出すだけで腹が立つのに、けれども、何処かとてもあたたかいのだ。
苦しくてたまらないとき、いつも私を楽にしてくれていた。
トールとは違うあたたかさでいつも私を包みこんでくれていた。
その事に気がついたのは距離を置こうと離れてからだ。
最初はそのことを簡単に受け入れ認めることが出来なかった。けれど閉じこもってトールの写真だけを見つめる私は、気がついた。写真以外のトールの顔が思い出せないことを。
いろんな表情があったのに、その全てがかすんでしまっていた。なのに思い出したくもないと思っていたディアッカの顔は鮮やかに甦るのだ。
拗ねた顔、困った顔、少し怒ったような顔。笑った顔。
何度も否定を繰り返し、その度にわき上がる思いをまた押さえ込む。その繰り返しの末にようやく私は自分が間違っていたことに気がついた。
ただ、1番幸せだった時間だけしか思い出さないことはトールの生きてきた全てを思い出さないうことに。
私とトールの思い出は日々の生活の中、例えば学校帰りで一緒に食べたアイスクリームのお店だったり、課題を忘れてキラや私に泣きついてきたり。そんなささやかな日々の中に培われたものだ。
写真の中にある笑顔だけをみて過ごしていても、トールを思っていることにはならなかったのだ。
私はトールと一緒に生きていた。そしてトールを失ったあとの私は一度死に、ディアッカの言葉で生き返ったようなものだ。それが例え、心ないものであったとしてもだ。それまで生きながら死んでいたような私に怒りとはいえ、感情を思い出させてくれたのだから。
だからケンカばかりだったのも、彼に呆れて怒ってばかりしてたのも、きっと、沈みがちな私を引き上げようとした結果なのだろう。
私はディアッカに救われ引き上げられたのだ。
「アナタ様。いい加減、モグラな生活はやめたらどう?」
「・・・モグラなんてプラントにいるの?」
「さぁ、わかんないけど、今のオマエにはぴったりなんじゃねぇの?」
「宇宙にいたら日の光なんてないじゃない」
「薄暗い部屋の中にいたら充分モグラだと思いますけどね」
「・・・・ホント、嫌味ばかりね」
「云わせるミリアリアが悪いんだよ」
さも、私が悪いように肩をすくめるディアッカの声音が先ほどとは違って安心したような色に変わっていた。
バカよね。私なんかに囚われて。あげく、プラントまで敵にまわして帰る場所も失って。なのに、飄々と私のいる場所が帰る場所なんて断言しちゃって、ホント、バカ。
「トールだけを思って生きていきたかったわ。今もそう、思う」
「・・・」
「だけど、そんな生き方、できないわよね。・・・だって、私、生きてるんだもの」
その言葉に、ディアッカは私の腕をとって立ち上がらせ、あっという間に抱きしめられた。ホント、手が早いわ。
「ディアッカも、私も生きているんだもの。立ち止まってはいられないわよね」
「あぁ、時は絶え間なく進んでいく。生きている限り」
「・・・だったら約束して。絶対にこの時間を止めないで。トールのように止めないで。絶対、・・・生きて帰ってきて」
最後の決戦が最後の時にならないように。
ただ、それだけが私の望みなの。
「約束する。俺の時間はミリアリアと一緒だ。だから、生きて帰ってくるよ」
彼の腕の中で、私の時間は前へと一歩進み出した。
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決戦前くらい? ミリアリアさん、天の岩戸状態で引きこもってた設定。
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