『雪』 〜純白で出来た細かな水の結晶。この世で一番白い存在。
ミリアリアの肌をみると降り積もった新雪を思い浮かべる。
誰にも踏み荒らされてない雪がひっそりとその姿を壊されるのを待っているかのようで、ディアッカは無性にその柔肌を無惨に散らしたくなるのだ。
抱き寄せて、その肌に荒々しく跡をつけたい。
貪りつくして自分だけのモノにしてしまいたい。
いっそ、泥だらけに犯してしまえば飢えのような執着も薄れるだろうか・・・。
「なぁ、ミリアリア」
「何よ?」
「ミリアリアの肌って雪みたいだよね」
「・・・? それって白いってこと? アンタと比べたら誰でも白いわよ?」
「・・・なんかさ、そそるんだよね。踏みにじりたいって感じ?」
「・・・アンタ、何云ってんの・・・?」
「ん、だからさ。いつか他人に踏みにじられるくらいなら、今、俺が踏みにじっていい?」
「はぁ? って。キャーーッ!!」
「いただきます♪」
直後、ミリたんの右ストレートが炸裂したと思われる。
『月』 〜満ちては欠けて、姿を変える月。表側しか見せない月の、その裏側を知るものはいない。
ふらり、と。
ミリアリアの部屋にやってきて彼女から少し離れた場所でニヤニヤと笑う。
いつも下らないことを話して彼女を怒らせて、そうして満足して帰る彼。
でも、いい加減、ミリアリアだって気がつく。
彼がこうしてやってくる意味を。
「ねぇ、ディアッカは月の裏側を知ってる?」
「? 知ってるけど、それがどうしたんだよ」
「昔は、誰も月の裏側なんて知らなかった時代があったのよ」
「あー・・・確かにね。でも今は宇宙世紀の時代だし? 見ようと思えば幾らでもみえるけどな」
「今だって地球からは月の満ち欠けは判っても月の裏側は判らないの」
「まぁ、そうだよな」
つまらなさそうな顔。
その影に隠れた苛立ちをミリアリアは感じとる。
彼女が一体何故こんな話題をするのか判らないから余計に苛立つのかもしれない。
「私、もう地球にはいないから裏側が判るわ」
「・・・・・・で? アナタ様は先ほどから何が云いたいんだよ?」
「だから、ディアッカの裏側はもう、知ってるってことよ」
「はぁ? 俺の裏側って何よ? 何で月の裏側と俺が関係するんだよ」
急に冷ややかな態度で彼女を見下すディアッカに、ミリアリアは黙って部屋の電気を消す。
今日の戦闘は特に酷かった。
追跡してきたザフトは最新鋭の機体を投入し物量で攻めてきた。3隻のMS部隊は苦戦を強いられ、やっとの思いで逃れたのだ。
彼はおくびにも出さないけれど知り合いがいる部隊だったのだろう。普段以上に苦戦してるディアッカがいた。多分、この事はミリアリアにしか判らない。あとは同僚だったアスランくらいか。
「・・・おい?」
「私がアンタの表側しか知らないなんて思わないでね。もう、裏側だって知ってる」
ぎゅっ、と彼の頭を胸に抱き込むと、彼女の背に恐る恐る彼の腕がまわされた。
女性は受け入れる性でございますから彼女なりに慰めてるワケです。
この後の展開は各自で補完してください。
『花』 〜色の少ない戦艦の中で、一際、鮮やかなピンク。
「お、ハウ。今、食事か?」
「あ、そうです。パルさん達もですか?」
「あぁ、この時間だけが唯一の楽しみだよ」
そういってミリアリアの横に自然と座るブリッジクルーの凸凹コンビ。
その自然さにディアッカは舌打ちをする。
(俺だって楽しみにしてる時間なんだよ)
なかなか近づけない彼女に唯一、自然に近寄れる食事時。しかし、今まで一度として2人きりになった試しがない。
それもそのはず、アークエンジェルの大事な癒しであるミリアリアを狙って何人もの野郎どもが彼女の休憩時間を狙って現れるのだ。端からみればディアッカもその内の1人だが彼本人にその意識はない。
今日もわざわざ彼女と同じ時間にずらしてまで下士官食堂に現れるお邪魔虫たちにウンザリとした視線を送る。もちろんディアッカも、たった1つの花を巡って虫どもが群がり続けるのをこのまま静観するつもりはない。同じブリッジクルーというだけで無条件に彼女の側に近寄ることが出来るお邪魔虫を当てこすってやるのがここ最近の彼の日課だ。
「だよねー。俺なんかこの時間しか花をゆっくり愛でる時間がないからさ。いつもミリィと一緒にいられるおたくらが羨ましいよ」
その言葉に素早く反応したのはミリアリアだった。
「そんなこというの、アンタだけよ。それに、その発言はセクハラよ。パルさんやチャンドラさん達は私やサイの指導官なんだから失礼なこと云わないで!」
「えーっ! どこがセクハラだよ。単にミリィを花に例えただけだろ?」
「それがセクハラよ。私がそう感じたらセクハラなの!!」
先ほどまでパル達に意識が向かっていたミリアリアがディアッカに意識を向ける。
眉間に眉をよせてディアッカを睨み付けるのは戴けないが、それでもどことなく頬が赤いのはきっと彼の見間違いではないだろう。
「じゃ、セクハラでもなんでもいいさ。俺にとってはミリアリアが『花』なのは変わりないからさ」
「それじゃぁ、アンタは『虫』ね。払っても払っても寄ってくる『虫』」
ニコニコ笑うディアッカとは正反対に、更に眉間の皺を深くして顔をしかめるとミリアリアは吐き出すようにぼやいた。
その言葉にディアッカの瞳が煌めいた(ように見えた)。
「知ってる? 『花』は受粉する為に甘い蜜で虫を呼び寄せるの。俺が『虫』なら甘い蜜をいただかないとな」
そういって彼は素早く立ち上がると彼女の側へ回り込み、屈み込んでミリアリアの口元についたソースをぺろりと舐めた。
「!!! 何、すんのよーーーっ!?」
「えーっと、蜜? 御馳走様でした。ソース味っていうのもオツだよねぇ」
「バカ云わないでっ! セクハラ! エロスマン! 女の敵!!」
食事もそこそこに逃げ出すディアッカと、真っ赤な顔してそれを追いかけるミリアリアが大騒ぎで食堂を後にするのをパル達は呆然と見送るしかなかった。
毎回なにか理由をつけてミリたんに手を出すディアッカさん17歳。
『鳥』 〜時として鳥は吉兆をもたらすものである。そして始まりを告げる物でもある。
<トリィ>
その声に振り返ると、格納庫の中をスゥーッと黄緑色が横切るのが見える。
「キラが来てるのね」
時々、エターナルからアークエンジェルにやってくるキラは何時も必ずトリィを連れてくる。トリィも慣れたものでアークエンジェル内を悠々と飛び回っているから時々、キラに置いて行かれたりするのだ。前回もちょっと目を離した隙にいなくなったとキラが探していた記憶がある。今回もまた繰り返さなければいいけれど。
そんなことを思いながら、ミリアリアがその場を後にしようとしたところで「おわっ!?」と叫ぶ声が聞こえた。
こっそり格納庫の中を覗くとディアッカの後頭部にちょこんとのったトリィが見える。
「ぷっ」
どうやらバスターの調整中に後ろから襲撃されたようだ。ちょっとぼやき気味のディアッカの声が聞こえる。
「オマエ、俺の頭を巣か何かと間違えてんのかよ〜。毎回毎回、乗りやがって〜」
<トリィ!>
どうやらトリィはディアッカの頭に乗るのが好きなようだ。毎回と云うからには相当気に入られてるのだろう。
柔らかな金の髪は機械の鳥にも居心地が良いのかも知れない。
(やだ、どうしよう。面白すぎる!)
堪えきれなくてクスクスと笑っているとディアッカの耳に彼女の笑い声が届いた。
「ぅわっ、ミリィ。・・・見てたのかよ・・・」
がっくり項垂れるディアッカが少し可哀想になってミリアリアは彼に近づいた。
「トリィに懐かれているのね。意外」
「・・・俺もそう思う。なんでかわかんないけど、気に入られたみたいでさぁ」
肩を竦めて口をとがらす。けれど頭の上にトリィがのってるので、いつもと違って少しも様にならない。
「ディアッカの髪って柔らかそうよね。鳥だったら巣にしたくなるほど居心地良さそうだもん。羨ましいわ」
「巣・・・ってオイオイ、やめてくれよ〜。それにそれほど柔らかいとも思えないけど?」
「私よりも断然柔らかそうよ。・・・私の髪なんて柔らくないし茶色だし、はねちゃうもん。せめてもう少し明るい色だったら良かったのに」
髪を弄びながら本当に羨ましそうな顔をするので、ついついディアッカは面白がってしまった。
「だったら触ってみる?」
「え、いいの!?」
「どうぞ」
こわごわ手を伸ばして、そっとディアッカの髪に触れる。その予想以上の柔らかな手触りに思わず夢中になる。
「すごーい。いいなぁ・・・ディアッカの髪、ホントきれいで柔らかくて、トリィがのっちゃう気持ちがわかちゃう・・・」
「・・・そうか?」
熱心に触れてくるミリアリアに、ディアッカもドキドキしてくる。
普段はこんなに近くまで寄ってこないミリアリアが偶然とはいえ、自分から近寄ってきてディアッカに触れているのだ。
彼女の吐息が耳にかかってくすぐったいやら、変な気分だわで、ちょうどお年頃の青少年には天国と地獄の両方を味わってる気分だ。
そんなディアッカとは裏腹にミリアリアはうっとりとした表情で嬉しげに触り続ける。
「うん、凄く素敵。鳥の羽毛みたいにふわふわする。なんか・・・好き、かも」
「え!?」
ぽかん、とミリアリアを見上げてくるディアッカの顔に、先ほど自身が云った言葉を反芻する。途端、何を云ったのか自覚してミリアリアは何時になく慌てた。
「えっ! えっ! ち、ちょっと、違うわよ。髪の毛が好きって云っただけで・・・」
「あ、え、あ、あぁ、そう、そうだよな。うん。髪ね、髪・・・」
「そうよ。髪、よ。髪・・・」
互いに何となく気まずくて顔が上げられない二人を余所に現状を招いた大元は颯爽と飛び去っていった。
いっそ飛んで逃げたい心境のミリィたんと天まで飛んで云ってしまいそうな心境のディアッカくん。
『風』 〜何時だって始まりは新しい風が吹く。
息苦しい。胸が詰まる。
どんよりとした空気が体にまとわりついて、ディアッカは廊下の冷たい金属の壁を殴った。
払っても払っても血の臭いがまとわりついてくる。
今更、命を奪うことに躊躇いはない。きれい事を云うつもりもない。
恨まれる覚悟も、憎まれる覚悟も、そして誰かに殺される覚悟もある。
けれども自分の体躯から我慢できないほどの血臭を感じることがある。
特に戦闘の後が酷い。
MSに乗っているのだから返り血を浴びているわけでもない。それなのに感じる血臭。
ザフトにいた頃は何も感じずにいられたのに、彼女に出会ってからは時折感じるようになった。
殺した相手にも大事な人がいて悲しませることに気がついたからだろう。
そんなことを考えていては次に戦場から消えるのはディアッカだ。
頭を冷やすためにもシャワーでも浴びようかと思ってるところへ、彼が今一番会いたくない彼女から声がかかった。
「ディアッカ」
ディアッカにまとわりつく血臭が更に濃くなる。
こんな臭いを漂わせたままミリアリアに近づくなどもってのほかだ。
「わりぃ。今、ちょっと俺、汗くさいからさ。シャワー浴びてくるわ・・・」
そういってそそくさとその場を後にしようとしたところで、彼女の厳しい声が追いかけてきた。
「待って、ディアッカ。どうして逃げるの?」
「・・・逃げてなんか、いな」
「逃げてるわ。普段は私が根を上げるくらいまとわりついてくるくせに、戦闘があった日はちっとも近寄ってこないじゃない」
「そうか? だったら今、近寄ったら触れさせてくれんの?」
普段だったら絶対に拒否されて彼女が一目散に逃げ出すだろう台詞を皮肉混じりにはき出す。
当分、近寄せてもらえないだろうことは承知の上だ。
淋しいけれど、それ以上に今はこの血臭のする惨めな姿をさらしていたくないのだ。
「いいわよ。こう?」
ツカツカと、勇ましく近寄ってきてディアッカの腕をとると、彼の掌に頬を寄せた。
あまりの事に呆気にとられたが、はたと気づき慌てて手を離そうとする。だが、ミリアリアは両手でしっかりと握りしめて彼の手を放しはしなかった。
ナチュラルのしかも女の子の力だ。ディアッカの方が断然強い。なのに振り解けない。いや、振り解きたくなかったのだ。
熱を通さないはずのグローブの下から伝わる彼女の暖かさが彼の手を容易に離すことを躊躇わせたのだ。
「ディアッカ。私、もう、何も知らなかった女の子じゃないの。戦争ってモノをちゃんと判ってる」
「アンタが守りたいと思ってくれるのは嬉しいけれど、私だってアンタやキラ、少佐、他のみんなも守りたい」
迷いのない強い眼差しに、すぅーっと、ディアッカの周りの空気が動いた。
「だから、きちんとココにいる私をみて! 医務室で泣いてた私じゃなく、オーブで泣いた私でもない、今、ココにいる私をみて!!」
途端、ディアッカは自身の周りをしつこく漂って払えなかった血臭が彼女から吹く風に吹き飛ばされるのを感じた。いつもザワザワとして心の奥底にある重く溜まった凝りまでも吹き飛ばしてしまう力強さだ。
熱くて清々しい風。
−白南風(しらはえ)−
ふと、そんな言葉が過ぎる。
日本舞踊を習っていた頃、師匠が色々と教えてくれた物の中の1つに和歌がある。季節の言葉を織り交ぜて作る独特の法則性を持った日本の詩だ。
その和歌に必ず入れなければならない物に季語がある。
その季語の1つ。初夏と云われる季節に使う言葉だ。
日本は四季折々の季節が必ず生活に密接しており、舞踊、詩歌、茶道から食べ物、着る物に至る全てに関係してくる。
けれどもプラントには季節はない。
だから第一世代から話聞く季節でしかディアッカには知りようがない。
この戦争が始まって初めて地球に降り立った時、地中海の蒸し暑い湿った風に驚き、砂漠の熱砂と夜の寒波に宇宙の方がどれだけ住み心地がいいかと思った。
師匠の言葉の折々に地球を懐かしむ色が混じっていたけれど、こんな厳しい自然環境の何処を恋しがるのか不思議で仕方がなかった。
風で季節を知り、時を知ると云った師匠に問うてみたいと思っていた。
けれども今、彼女を前にして彼女から感じる風はディアッカに何かを告げる風のように思える。
南の風−−−
夏の到来を告げる風。胸を熱くする夏の風。
「俺はずっと『そよ風』だと思ってたけど案外アナタ様は思ったより強い風だよな」
「? なんのこと? 話を逸らさないで。誤魔化されないわよ!」
「いいえ、アナタ様。俺の『白南風』」
彼女の頬に添えられた手を軸にそのまま彼女を引き寄せて、空いた反対側の頬にキスをする。
「なっ!!」
「さんきゅー、な」
今度こそ彼女から手を離し、早々に退散する。
背に彼女の罵倒を浴びながら、ディアッカはいつになく軽くなった心に苦笑するしかなかった。
何時だって彼女から受ける風はディアッカを新しく生まれ変わらせる−−−。
実際には風は吹いてないですよ。ミリたんから受けた気迫をそう捉えただけ。
単に迫力負けしただけともいう。
|