Hello Baby!:9月23日



今日という日を私は忘れたことはない。

長い戦争の末、わずかながらもようやく得ることの出来た平穏。

最悪の出会いをしてから決して短くはない間、私たちは出会いと別れを何度も繰り返した。

そしてどういうわけか、互いが互いを分かつことがついに出来なかったのだ。

そのことに気が付いて、またしばらく経った。


変わらない関係。

変わらないやりとり。

変わらない想い。


これからも続くのだろうと思っていたものが、変わった日。

何の期待もなしに開いた、何の変哲もない封筒の中からコトリと顔を覗かせた、今も私の左薬指に納まり続けるシルバーの輪っか。

予想だにしていなかった事態。予想だにしていなかった言葉。

心の奥底で、いつかはと願っていたものは唐突に訪れ、そのことに私は涙を流さずにはいられなかった。


ねぇディアッカ。

あなたは覚えてる?

数多くのあなたとの思い出の中で、一際光輝くあたたかな記憶を。


あの時の感動からちょうど一年。

今日も私はいつものようにあなたの帰りを待つ。

違うのは、いつもよりも少しばかり手間と時間を掛けた料理と私。

ディアッカのことだから、きっと気付く。

知り尽くしたあいつの反応を容易に想像出来る自分が、何だかくすぐったく思う。



ふと左薬指からリビングの時計に視線を移して、もうすぐ帰って来る頃だなぁなんてぼんやりと考えていたら、

玄関の鍵がカチャリと音を鳴らした。スリッパをパタパタと躍らせて玄関へ急ぐと、思った通りそこに彼がいた。

 「…お帰りなさい、ディアッカ」

 「ただいま、ミリィ」

言いながら、彼はそっと私の腰に手を添えて小さく頬にキスをくれた。そのあまりにも自然な動きに、

私は未だ慣れないでいたりするのだけど。顔が熱い。

 「んー、相変わらずミリィは慣れないんだなー。ま、その恥らう顔も可愛いんだけど…って、あれ?」

そう言うディアッカも相変わらず、私の顔じゅうにキスしてはこっそりと甘えてくる。私はその大きな身体を押しのけながら言った。

 「もー、どれだけ玄関で過ごすつもりよ。で、何?どうかした?」

ディアッカがまるで犬みたいに鼻をくんくんさせてくる。もしかして、気付いたのだろうか。

 「ミリィからいいにおいがする…。あぁ…香水?でも今朝はつけてなかったよな?」

ダイニングに向かいながら軍服の襟を緩めつつディアッカが言う。…やっぱり、予想的中。しかも驚くほど細かい。

 「う、うん。まぁ…たまには…ね。におい気になる?」

 「いや、すっげーそそられる」

 「ばかっ」

少しの変化を敏感に感じ取るこの男は、色んな意味ですごい。もしもこれが職業柄でなくて、

私のことだからだったとしたら…すごく嬉しいと思う。


 「おーこっちもいいにおい。ミリィ今日はやけに張り切ってるじゃん」

テーブルの上に並んだ出来たての料理を目にして、ディアッカがにやりと笑う。

 「あ…わかる…?」

彼は今日のこの特別な日を覚えているのだろうかと、期待を込めて、けれど少し不安気にディアッカを見た。

するとディアッカは紫色の瞳を細めてその笑みを更に深くした。

 「俺、ミリィのことだったら何でも分かる自信あるよ」

椅子に腰掛けて、向かいの席から私の頬に手を伸ばしてくる。胸が高鳴り、やけに身体に力が入って私は肩をすくめる。

 「ミリィも覚えていてくれたんだな…俺たちの関係が変わった日のこと」

ディアッカも覚えていてくれた。

何となく分かってはいても、どうしようもなく心がはしゃぐ。だって、もしもの不安はあったもの。

 「いつもありがとな、ミリィ。それと、これからも宜しく…」

 「こ…、っ!!!」

“こちらこそ”って言おうとした言葉を、テーブルの上に身を乗り出してきたディアッカに塞がれた。

 「いただきます!」

唇が離れて尚、しばらく目を白黒させていた私を尻目に、ディアッカは一人両手を合わせて用意された夕食を食べ始める。

 「…あれ、ミリィ?この味付け…」

 「っえ…!?おいしくなかった…?」

思わぬことで名を呼ばれて、慌てて料理を口に運ぶ。味見もしたし、特にまずいということはないように思えて、

何がおかしいのだろうかと首をかしげる。

 「いや、まずいってわけじゃないんだけど…どの料理もいつもと微妙に…」

 「んんっ!!?」

ディアッカが弁解しているなかで口の中のものを飲み下した時、突然の吐き気に襲われた。

行儀が悪いのは判っているけれど、激しいそれに堪えられそうもなくて私は急いで席を立ち洗面所へ走る。


 「ミリィ!!」


激しく水しぶきを立てて、蛇口から勢い良く水が流れ出す。

 「ぅえ…っ!!げほっ…けほっ…っ」

 「大丈夫かミリィ…?」

掛け出した私の後を追ってきたディアッカに背中をさすられる。大きな暖かい手が心地いい。

久し振りに体調を崩したらしい。もどしてしまったことで涙目になりながら蛇口の栓を閉め、渡されたタオルで口元を拭った。

 「タオルありがと…。それと…ごめんディアッカ…食事中に…。なんだかいきなり吐き気がしちゃって…」

 「気にするなって……。もう…大丈夫か…?」

 「う、ん…」

ディアッカが私の身体をやんわりと抱き寄せて、頭を撫ぜてくれるその行為にひどく安心した。

大人しく身を寄せていると、ディアッカが思いついたように口を開いた。

 「…なぁミリアリア、まさかとは思うけど…もしかしてお前、ここしばらく生理来てないんじゃないか…?」

 「!!ちょ…っ!何であんたがそんなこと知って…!?」

頭上から降ってきたそのセリフに驚く。確かに思えば少し…いや結構長いこと来るべきモノが来ていない。

単なる不順にしては長すぎるような気もしてきた。

 「あー…やっぱそうか…」

 「…は?」

ディアッカは何が言いたいのだろう。柄にもなく、頬なんて赤らめて。

 「あのなーミリアリアさん。俺だってこれでも医者の息子なんだけど…?」

 「知ってるわよ。でも、別に何か悪い病気とかじゃないんでしょ…?きっと疲れてるだけよー」

そう言うとディアッカは長い溜息を吐いた。多分、私に呆れている。あと何故か少し照れてるような感じもした。

 「まぁ、な。ナチュラルとコーディネイターだし…考えられないのも判るけど…」

ディアッカが私から視線を逸らして言う。

 「だから何なのよ。はっきりしないわねー」

そりゃあ私はナチュラルで、コーディネイターの中でも群を抜く彼のように頭がいいわけでもないけど…。

私の考えたことが分かったのか、ディアッカは髪をくしゃくしゃとかき乱しながら、言い出しにくそうに口を開いた。

 「おい、そう怒るなよミリアリア…。別にそういう意味じゃなくて…さ。今日の夕食、絶対味付けがいつもと違ったんだよ。

  多分お前の味覚が…ちょっと変わったんだ。それに吐き気もよおして、おまけに来るモン来てないんだぞ…?

  確かに確率はかなり低いとは言え、ナチュラルとコーディネイターだって可能性は…」

…一瞬、思考が完全にストップした。

 「ディ、アッカ……」

流石にそこまで要素を並べられたら、いくら私でも理解出来ないわけがない。

寧ろ今この瞬間までの自分の鈍さに恥ずかしくなって、一気に顔が赤くなっていくのが自分でも感じられた。


 「あの、まさか…」


 「ああ、きっと…。ミリィ、今日は最高の日だぜ」


極上の笑顔を浮かべて、今度はぎゅっと抱き締められる。それは彼がこの事実を否定していないことの何よりの証し。


 「明日、一緒に産婦人科行こうな」





――――Hello Baby…4ヶ月目の君へ





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はい、何とも久し振りのディアミリ小説となるわけですが、思った以上に筆の進むのが速くてびっくりです(笑)。
無駄にディアミリストしてませんでした。
このネタは以前友人の知り合いの妊婦さんに会った時に、ディア誕のために思いついたネタで(いや、妄想してんなよ)、
ずっと温めていた結果こうなりました。
しかし…勿論管理人は妊娠経験など皆無なので、妊娠ネタを書くのは無謀な上に、確実に管理人より年上の
先輩ディアミリストさん達に喧嘩を売りかねない…(滝汗)。
今回もミリアリア…気付くの微妙に遅い気がします。まぁつわりは個人差があるそうなので、多分許容範囲…うん。
無知なヒヨッコが妄想と一般認識だけで書きあげていく様をせせら笑いつつ、見守っていってやって下さい(笑)。