Hello Baby!:3月29日
「ねぇディアッカ、誕生日何が欲しい?」
毎年俺の誕生日を誰よりも心から祝ってくれる愛しい彼女は、こんな時でさえ、さも当然だと言わんばかりに
その言葉を俺に投げ掛ける。嬉しいけど、でも今回ばかりはそれも素直には喜べない。
俺は深く溜息をついて、彼女の腰に腕を回しながら答えた。
「ミリィ…気持ちは嬉しいけど……今年はいいって…」
そう言いながら腕の中のミリアリアを見ると、彼女はその大きな目をぱちぱちと瞬かせている。
この状況を全く判っていない彼女に、もう一度短い溜息をついた。
何を隠そう、ミリアリアの出産予定日までもう既に1週間をきっているのだ。いつ陣痛が来てもおかしくはない。
プラントでも新生児の誕生を国を挙げて支援していることもあってか、流石のイザークも文句は言えず…
いや、何やらブツブツ言ってはいたが…──いつもの倍の仕事量を必死にこなした末、俺はその予定日の前後1週間という長期休暇を
何とかしてもぎ取ってきた。
しかし当の本人ミリアリアはというと、初めての、しかもコーディネイターとナチュラルという異例の出産にも関わらず、
予定日が近づいていても特に気にする様子はなく、結局落ち着かないのは俺の方ばかりみたいだ。
「頼むから無茶するなよミリィ…?俺の誕生日なんかよりもよっぽど大事なことなんだから…」
彼女曰く、いつも通りにしていてもそうでなくても来るものは来るんだそうだ。こんなところでも彼女の気丈さが表れる。
「ディアッカこそ落ち着きなさいよ。別に病気ってわけじゃないんだから…。それにあんたの誕生日だって充分大事じゃない」
どうあってもミリアリアは俺の誕生日を祝いたいらしい。俺はお手上げと言わんばかりに両手を挙げて言う。
「あー…分かった。じゃあミリアリアさん、俺の誕生日祝いに元気な子どもを産んで下サイ」
「そんなの当たり前でしょう?もう、ふざけないで!!」
…そんなつもりは微塵もないんだけど。
ふとミリアリアが思いついたように膨らめた頬を引っ込める。
「ああそうだ、この子の名前もそろそろ考えなきゃねー」
…そういえば、子どもが出来た幸せで頭がいっぱいになってて、名前をどうするかなんてマトモに考えてなかった。
病院で子どもの性別をあえて医者から教えて貰わなかったこともあるが。
「男の子でも女の子でも嬉しいけど…、そうね、女の子なら…“ディア”のつく名前がいいわ」
ミリアリアが頬を染めながら瞳を輝かせて言った。
「なんでまた…?」
一方で自分の名前の一部を思わぬ所で呼ばれて俺は驚く。
「あんたの名前からっていうのもあるけど…。私ね、あんたの名前結構好きなのよ。
女の子なら“ナディア”とか…色々付けられそうだし。“ディア(dear)”…“親愛なる”って、素敵だと思わない?」
世界で一番大切で愛おしい人からそんな風に言われて、照れくさいけど、生まれて初めて自分の名前が好きになれるくらい嬉しく思う。
「…そっか。じゃあ、女の子だったらそうしよう。ミリィの決めた名前なら俺もこいつも何だってきっと気に入る。で、男だったらどうすんの?」
ミリアリアの大きなお腹を見下ろして言った。
「そうなのよねー。男の子だったら…まさか“ディアッカ”ってわけにもいかないものね」
「俺以外の男がミリィの隣で“ディア”を名乗るのはイタダケナイしな」
冗談めかして笑って言いながらも、彼女がこの名を好きだという以上、内心では結構本気だったりする。
「ったく、さっきからディアッカってばちゃんと真面目に…!…っあ」
俺の腕の中でプリプリと見えない湯気を出していたミリアリアの表情が一変した。
「あ、あイタタ…ッ」
「っ!!ミリィ!?」
ミリアリアが腰に回されていた俺の腕を強く掴んで、ゆっくりと傍らのテーブルにもたれ掛かる。
「ん…っ、ごめんディアッカ…。…来た、みたい…」
「ちょ、まさかミリィ…」
ざわざわと緊張していくのが自分でも分かる。自分は痛くもなんともないくせに、変な汗がこめかみに浮き出てきた。
「…陣、痛…」
彼女がその言葉を発してから、ほぼ一日。
病院に到着するまで、俺は自分自身がどんな風に行動したのかよく覚えていなかった。
多分、慌てながらも病院に連絡入れて、話して、自分も含めた周りがどこか騒がしくしているその一方で、頭の中では
とにかくミリアリアが苦しそうな、辛そうな顔をしているのが気になって仕方なくて、人よりよっぽど豊富なはずの自分の知識が
一切役に立たなかった。
それに自分では出来るだけ平静を装おうとしていたけど、陣痛が落ち着いている時の彼女が俺の顔を見て笑ってたから、
きっと俺の努力は少しも功をなしていなかったどころか、逆に彼女に心配されていたに違いない。
「ミリィ…ミリィ…!!大丈夫か…!?俺に何か出来ることある…?」
「ん、大丈夫…っ。…はぁっ…、じゃあ…ディアッカ…手…握ってて、くれる…?」
「分かったっ!俺に出来ることがあったら何でも言えよ…?何だってする」
俺に出来たのはミリアリアの汗ばむ手をしっかりと包み込んで、額からひっきりなしに溢れ出す汗を拭ってやることだけ。
痛みと闘う彼女に何も出来ないことが、俺にとってどれほど耐え難いことなのかをただただ思い知らされるだけだった。
そして産声が上がる。
この世で最も美しく神秘的で、身の震えるような、生命力に満ち溢れた歌声。
ミリアリアの目尻からさっきまでのものとは別の、温かい涙がこぼれていた。
その涙を拭いながら、拭う自身の手の甲に上から雫が落ちてきて、俺の頬にも同じものが流れていることにやっと気がついた。
言葉にならない瞬間っていうのはきっとこういうことを言うのだと思った。
「ミリィ…」
長い長い命の営みから抜け出して、深い眠りの中にいたミリアリアの目蓋がゆるゆると持ち上がる。
「おはようミリィ…。お疲れ。よく、頑張ったな」
睫毛に絡んで少しうっとうしそうにしている前髪を指先ではらってやった。
「ディアッカ…」
ミリアリアの横たわっているベッドの傍で腰掛けたパイプ椅子をカタリと寄せて、覗いた額に口づけた。
彼女はくすぐったそうに首をすくめて、頬はほんのりと色づく。
「男だったな、俺たちの子ども…」
「うん、男の子だったね。元気で、ほっとした。ちょっとは…不安だったから…」
知ってる。ミリアリアのことなら何だって判る自信があるんだから、俺は。
「頑張ってくれてありがとうな、ミリィ」
彼女が微笑んで、黙って頷いた。
「ディアッカも、色々と支えてくれてありがとう」
そんなのは当たり前。
「それと…」
そう言われるのを知ってか知らずか、ミリアリアは俺が口を開く前に、ちらりと側にあったデジタル時計に目をやって言った。
「お誕生日おめでとう、ディアッカ」
「!!…そう…言えば…」
ああ、こんな誕生日を迎えられることがあるなんて…!!手で緩む口元を覆って、高揚する自分を隠す。
「何も…プレゼントはないけど…」
「そんなワケないだろ!?自分の誕生日に子どもが産まれるなんて、これ以上に貴重で幸せな誕生日祝いなんて他にない!」
申し訳なさそうに言うミリアリアを強く抱き締めたい衝動を何とか抑えて、その想いをめいっぱい込めて言う。
「ありがとうミリアリア。本当に…愛してる」
途端に彼女は耳まで顔を真っ赤になる。相変わらず慣れない彼女の予想通りの反応に苦笑しつつも、俺はずっと考えていたことを
今言ってしまおうと口を開いた。
「ミリィ、疲れてるかもしんないけどさ、一つ…どうしても今、伝えたいことがある」
俺の僅かに緊張した空気を読み取ってか、ミリアリアも真剣な眼差しを俺に向けて、言葉の先を促すように首を傾ける。
「実はミリィが眠ってる間に、俺たちの子どもの名前…さ、考えたんだ…」
「!!ディアッカ…」
彼女が微かに目を見開く。
「俺さ、今回のことでまた今まで以上にミリィが大切な存在になって、きっとこれからももっともっとその想いは強くなるんだと思う」
戦争に巻き込まれて、戦って、悲しみと憎しみしかない世界の中で出会った。
あまりにも多くのしがらみに負けそうになりながら、それぞれで、二人で、皆でそれを乗り越えてきた。
決して短くはない時間と膨大な努力をかけて、ようやくここまで辿り着くことが出来た。
そのことを一つ一つ振り返る。
「だから、ミリィにとっても、俺にとっても大切な名前をつけてやりたい」
平穏を生きていたただの学生の女の子が、そうじゃなくなった瞬間。
人を殺すことが単なるゲームのようにしか思えなかった俺が、初めて誰かを護るために自分の命を掛けて戦うことを誓った瞬間。
その女の子の涙と笑顔が俺に教えてくれた。
だから
シルバーのリングがはめられた彼女の手を、そっととる。あいつとの絆が導いてくれた、俺と彼女の絆。
「トール」
重ねた手にどちらからともなくぎゅっと力がこもる。
「…なん、で…」
ミリアリアの綺麗な海色の瞳がきらきらと光を湛えて、目尻に留まる。
「“トール”なら、絶対にミリアリアを悲しませたりしない名前だから」
それを聞いた彼女の目尻からは、溜まった涙がみるみるうちに溢れ出す。
俺はそれをすかさずもう一方の手で拭って、くすりと笑う。
「ミリィはさっきから泣いてばっかりだなー」
「うるさい…っ、…だっ、て…っ」
出会った時から本当によく泣くこいつの涙を拭ってやるのは、あの時から今へ、そしてこれからもずっと俺の役目でありたい。
「…びっくり、した…ぁ」
ミリアリアの中から一生消えることのない絶対的な存在。彼女からすればその名前を俺が自分たちの子どもに名付けようなんて、
思いもよらなかったんだろう。この反応も無理もない。
次から次へと大きな目から涙をこぼれさせて、頬を紅潮させる彼女に問う。
「ミリィは嫌…?…トールって名前…」
すると返事の代わりにミリアリアは極上の笑顔で小さく首を振って応えた。
「サンキュー…ミリィ。これからも、ミリアリアとトールは俺が必ず護るから…」
そう言うと、驚いたことに彼女が握った手をゆっくりと引いて、俺は黙ってその動きに逆らうことなく身を任せると、
最後はベッドの上の彼女に覆いかぶさる形になった。
ふわりと、ミリアリア特有のやわらかな香りが鼻腔をくすぐる。
そうして至近距離で彼女は俺に囁いた。
「こちらこそ、ありがとう。私も、ずっとずっとディアッカとトールを護ってくから…」
そのまま唇を重ね合う。
瞳を閉じる瞬間に見えた、
視界の端で互いに絡めた薬指を飾るシルバーが
眩しいほどに輝いていた。
――――Hello Baby!生まれてきてくれてありがとう
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はい、今回ももっさり長いです!!そして例によって例の如くギリ…(こら)。
でも何だかんだ言ったって、一番書きたかった回なので割とさくさくと筆は進みました!
これねー…個人的には子どもの容姿とか書こうかどうかすごい迷ったりとかもしたんですけど、
その辺は色々なサイトさんでもディアミリの子どもはおりますので、皆様のご想像にお任せするのが良いかと思い、
あえて控えさせて頂きました。…決して文字数の都合とかじゃ…ない…よ…(管理人さん?)
もう最後とかあれですね、あまりの二人のアマーイ雰囲気に、部屋の外で看護士さんが
入るのをためらったりとかしてると思います(笑)。
ま、何せ無事に終わって良かった良かった…!!(ふー)
これで企画も終了ということで、心置きなくグゥタラできますな!!(こら/2回目)
長いというか、もどかしい企画でしたが(苦笑)、最後までお付き合い下さった皆様、本当に有難うございました!!
小説書くのが苦手な管理人が、この無謀な内容で全ての記念日を遅刻することなく無事に更新出来ましたのも、ひとえに更新を
楽しみにして下さり、感想等で管理人を励まして下さった皆様のおかげであります。
あとはスペシャルサンクスとして、常に突拍子もなく「陣痛って長い?」とか色々な質問を投げ掛けた管理人に、
何を疑うでもなく(ココ重要/笑)淡々と答えてくれた母に有難うと言いたい(笑)。経験者は語る。
最後になりますが、これからも管理人はディアミリを応援し続け、拙いながらも作品を作り出していきますので、
また管理人が何かおっぱじめた時には(笑)、広い懐でお相手して頂ければ嬉しく思いますので、宜しくお願い致します。
本当に、ここまで読んで下さって有難うございました!!